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2024/08/13 仏の教え 

Buddha

 人は死ぬ。必ず死ぬ。人は絶望しない限り死にたくないと望むが必ず死ぬ。

 人は老いる。必ず老いる。人はいつまでも若いままでいたいと思うが必ず老いる。

 人は病気になる。人は病気になりたくないと望むが、大半は病気になる。そしてそれが原因で死に至る。

 人はいつまでも変わらない生活を望むが、変わらず存在し続けるものなど何もなく、人が周囲の環境との関係で社会生活を送り相互に作用し関係しあっている以上、その望みは叶わない。

 このような人生というのは苦であるか、楽であるか。

 苦である。

 それでは、そのような苦しみからどのようにしたら逃れられるのか。

 それは、過度の欲望(渇愛、執着)を捨て去ることで逃れられる。

 それでは、どのようにすれば、執着を捨て去ることができるのか。

 それは、正見(正しくものを捉える)、正思惟(正しい決意をする)、正語(正しい言葉を発する)、正業(正しい行いをする)、正命(正しい生活をする)、正精進(正しく励む)、正念(真理を求める)、正定(心を安定させる)という八つの正しい道を実践することにより、捨て去ることができる。

 常に変わらず存在し続けるものなどない。主観的認識の対象である客観的な物など果たして存在するのか。そのような物など存在せず、すべては夢のようなものではないのか。

 しかしながら、人には「今」しかない。この現実を離れてどこかに素晴らしい世界があるわけではなく、そこにいつか辿りつけるわけではない。今この瞬間にこそ永遠が宿る。今この瞬間に真理がある。

 すべての人には仏性が宿る。山にこもって鍛錬しているような人だけが成仏できるわけではなく、すべての人が成仏できる。

 しかしながら、人には二面性がある。善でもあり悪でもある。精神があれば肉体もある。とはいえ、それらは別のものではなく一体のものである。だからこそ真理を悟り、真理に基づき生きる必要がある。他に拠り所はない。人は真理と自らを拠り所として生きるしかない。  とはいえ現実は厳しい。人も様々である。現実に絶望した人は生きるよすががないのか。そのようなことはない。必ず道は開かれる。