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2025/11/14 見出し詐欺?

「ちゃん」付けの愛称をもつ弁護士

令和7年10月23日、東京地裁で言い渡された、とある判決について、

「同僚男性からの『ちゃん』付けはセクハラ 賠償命じる 東京地裁」(NHK)

「『ちゃん付け』は違法なハラスメント 元同僚に賠償命令 東京地裁」(毎日新聞)

「『ちゃん』付けで呼ぶのはセクハラ 元同僚男性に22万円支払い命令」(日経新聞)

などと報じられました(配信記事の見出しより)。

これを受けて、SNSなど一部では、ハラスメントの範囲拡大を憂う声や、状況がわからず恐怖感を覚えるというような声も上がりました。

しかし、上記判決は、冒頭挙げた見出しにあるように「ちゃん」付けで呼んだことのみをもって違法(不法行為)と評価し、損害賠償請求を認容したものではないと思われます。

残念ながら、いまだ判決の原文情報を入手することはできていないのですが、関連情報を総合すると、ほかにも「かわいい」「体形いいよね」「下着が見えちゃうよ」といった言動もあったこと、このような言動を受けた従業員は最終的にうつ病を患って退職を余儀なくされたことが窺われます。

ここまでの事実関係をみれば、これらの言動が違法(不法行為)と評価されたとしても、違和感を覚える人はかなり減るのではないでしょうか。

ところが、冒頭の記事の見出しは、殊更に「ちゃん」付け呼びの部分に限定し、あたかも「ちゃん」付けで呼んだ一事のみをもって訴えられ、かつ損害賠償が命じられたかのような印象を与えるものになっています。

冒頭の3つの報道機関以外の報道機関の中には、当初から「ちゃん」付け呼びだけではなく「体形いいよね」といった他の言動も見出しに取り入れて報道するものもありました。それでもなお、冒頭3つの報道機関が「ちゃん」付け呼びの部分しか見出しに記載しなかったのは何故でしょうか。

仮に裁判例としての上記価値を見出したのであれば、記事の中に、これまでの議論の状況や、今回の判決が真正面から評価を示したことの価値に言及があっても良さそうですが、少なくとも冒頭3つの報道(第一報)の中に、そのような言及は見当たりませんでした。

また、「ちゃん」付け呼びについては、「お嬢ちゃん」「坊や」「お前」などと呼ぶことと並んで、他の言動や相手との関係性によっては会社で共に仕事をする人間として尊重していないという印象を与えかねない言動であり、ハラスメントに該当するリスクのある言動であることは、かねてより指摘されていましたので、他の言動や相手との関係性といった状況とも相まって違法とされる場合があること自体は、殊更に目新しい話ではないと思われます。

あくまでも個人的な見解ですが、「ちゃん」付け呼びは、ハラスメントに該当するリスクのある言動ではある一方で、あくまでも他の言動や相手との関係性といった諸般の事情を斟酌し、ハラスメントないし違法と評価される場合があり得る評価要素の一つに止まるのではないかと思います。

一部には、ハラスメントを理解するために、わかりやすいNGワードリストを作って単純化したがる傾向もありますが、そのような試みは、かえってハラスメントに関する理解を阻害するおそれや、必要以上の萎縮効果を招くおそれがあるといわざるを得ません。

セクハラに限らず、ハラスメントに関する理解を促進するためには、形式的なNGワードを論うのではなく、年齢や地位の上下等に関係なく相手に対する一定の敬意を払った言動をしているのかどうか、相手との距離感を含めて相手の立場にたって自分の言動を相手がどう感じるかについての配慮があるか(デリカシーに欠ける言動をしていないか)といった基本的な姿勢に立ち返って考えていくことがより重要であると考えます。

冒頭の見出し報道に話を戻すと、殊更に「ちゃん」付け呼びのみを切り取った報道機関の真意はわかりません。しかし、このような見出し付けには、今回の判決の趣旨を歪め、ハラスメントに関する誤った理解を広めることにつながりかねないという懸念があります。

報道機関には、センセーショナルな見出し付けによる注目集めといった邪念を抱くことなく、見出し・テロップを含めて事実(判決や発言の趣旨を含む)を歪めることのない報道に努めてもらいたいと願うばかりです。 とはいえ、情報化が進んだ昨今では、情報を拾い集め、数多ある情報の中から取捨選択することがひと昔前に比べれば容易になっているわけですから、読者・視聴者である私たち自身、報道機関が一方的に配信する記事、ましてや見出しだけを読んだだけで事実を知ったつもりになることなく、記事の内容を精査し、さらにはできる限り一次情報を確認するという意識をもつことが何よりも重要なのかもしれません。