弁護士法人 小野総合法律事務所 ONO SOGO LEGAL PROFESSION CORPORATION

ブログBLOG

2020/08/17 いわゆるバックデートによる契約書について

パートナー 弁護士 齊 藤 潤一郎

1 実際に契約書を取り交わしたのは5/1だが、契約書上の日付を3/31にするといった、いわゆるバックデートによる契約書について検討してみたいと思います。




2 契約書に記載される日付の意味


  「契約に関する日付」としては、1)契約書作成日、?契約成立日、2)(契約の)効力発生日の3つが考えられます。3)契約書作成日は、文字通りある契約についての契約書を作成した日のことです。2)契約成立日とは、当事者間で契約が成立した日のことで、申込みと承諾という意思表示が合致した日が契約成立日となります。3)効力発生日は、成立した契約の効力が発生する日のことです。

  特に説明なく契約書に記載される日付は、1)の契約書作成日を意味するものですが、同時に2)契約成立日及び3)効力発生日をも意味することが多いと思われます。

  まず、契約書に限らず書類に記載される日付はその書類を作成した日を意味するのが通常であるから、少なくとも1)の意味を有します。

  次に、保証契約のような一定の契約類型を除き、契約は意思表示の合致によって成立するので、契約書作成日と?契約成立日は必ずしも一致しません。しかし、一般的な商取引では、契約の締結に際して書面によることを必須とする、つまり契約書の作成完了をもって契約の成立と位置付ける意思で契約に臨むのが通常です。この場合、契約書作成日=契約成立日となり2)の意味をも併有することになります。もっとも、3/31付契約書において「4/10をもって契約を成立させる」と記載されるような場合は別です。

  3)については、原則として契約成立日と効力発生日は同一日となるので、上記のとおり2)の意味を併有する場合には更に3)の意味を有することになります。もっとも、契約の効力発生を一定の条件の成就まで停止したり(停止条件付の契約)、将来の日付にしたり、また、当事者間の合意によって効力発生日を過去に遡らせることも、(第三者の権利を害さない範囲で、強行規定に反しない範囲で、税務・会計上等の問題は別にして、という留保が付きますが)自由です。




3 バックデートによる契約書の位置づけと問題点

  バックデートによる契約書を必要とする場面は、(1)契約自体は3/31に成立しているが契約書を作成し忘れたので5/1に3/31付契約書を作成するケース、(2)3/31に契約は成立していなかったが3/31から契約が成立していたことにしたいので5/1に3/31付契約書を作成するケース、などが想定されます。

  (1)の場合は、本来であれば5/1付の契約書において、「3/31付で契約が成立していることを確認する」とか「本契約書は3/31付で成立していた契約に係る書面を5/1付で作成したものである」と記載すれば対応できます。しかし、バックデートにすることで、契約書の記載上、2)契約成立日や3)効力発生日のみならず、1)契約書作成日も3/31になってしまうので、1)につき「完成した契約書の記載内容と真実との齟齬」が発生しています。

  (2)の場合は、前述のとおり合意によって効力発生日を遡らせることは可能なので、本来であれば、5/1付契約書において、「本契約は3/31に遡って効力を生じるものとする」とか「本契約は3/31に成立したものと取り扱う」と規定すれば対応できます。しかし、バックデートにすることによって、やはり1)について齟齬が生じています。

  この齟齬は、当事者が何も言わなければ問題として顕在化することはありませんが、後日契約の成立について争いになった場合、契約成立の証拠とする契約書の「1)契約書作成日」に真実と異なる「嘘」が含まれているわけですから、契約書全体の信用性に疑義が生じる可能性があります。例えば、契約書の偽造を主張する相手が「契約書作成日である3/31は海外にいたのでこの契約書は自分が作成したものではなく偽造だ」と海外渡航歴の証拠を突き付けてきたような場合、実際の契約書作成日は5/1であったことを別途証明する必要に迫られる可能性があります。

  上記のとおりバックデートが必要なケースにおいては、契約書の日付を遡らせずとも、契約書本文を工夫するという対応方法が存在します。法律的な視点からすると、バックデートによる対応は、この対応方法が採用できない場合の副次的な手法と位置付けられ、また、真実と異なる記載をする側面がある以上、一定のリスクが内在することになります。