2020/02/15 民法改正について(相殺編)
弁護士 63期 田 村 圭
1 相殺に関する改正の概要
相殺は、意思表示により自己が相手方に対して有する債権(自働債権)と相手が自己に対して有する債権(受働債権)とを対当額で消滅させる行為であり,実務上,極めて重要な作用を営む制度です。今般の民法改正では,相殺に関する条項にも手が加えられました。その中でも重要と考えられる点をご紹介します。
2 不法行為債権と相殺
現行民法509条は、不法行為に基づく損害賠償請求権(以下「不法行為債権」といいます。)を受働債権とする相殺を債権者に対抗できないものとしていました。これは、現実の給付を実現させることによる被害者の保護と不法行為の誘発を防止する等の趣旨に基づくものでしたが、相殺を禁止する範囲が広すぎるとの批判もありました。
新法は,相殺禁止の対象を不法行為債権のうち「悪意」によるものに限定しました(新法509条1号)。その結果,新法によれば,これまで相殺が禁止されていた物損の過失事故の加害者(債務者)は相殺をすることが可能となりました。
一方で,被害者保護の要請の強い,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権については,不法行為のみならず債務不履行に基づく損害賠償についての相殺も禁止する旨を定めました(新法509条2号)。新法によれば,安全配慮義務違反によって人の生命又は身体に損害が生じた場合などの債務不履行に基づく損害賠償請求権であっても,相殺をもって債権者に対抗できないこととなります。
これらの改正は,交通事故の物損事故等における損害賠償の法的解決に大きな影響が出るものと予想され,保険実務への影響も大きいのではないかと思われます。
3 差押えと相殺
現行民法511条は、支払の差止を受けた第三債務者は,その後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができないと定めていますが,第三債務者が有する反対債権(自働債権)の弁済期が被差押債権(受働債権)の弁済期より後に到来する場合に,第三債務者が相殺をもって差押債権者に対抗することができるか否かにつき明文上明らかではなく,学説が対立していました。
この点につき,判例(最判昭和45・6・24)は,反対債権が差押え後に取得されたものでない限り,第三債務者は,反対債権と被差押債権の弁済期の先後を問わず,相殺をもって差押債権者に対抗することができるとし,いわゆる無制限説を採用し,現在の法務・金融実務においてはこれを前提とした運用が定着していたところ,新法により,上記最高裁の無制限説の立場が明文化されました(新法511条1項)。無制限説の明文化は,これまで同説を前提として積み重ねられてきた実務を安定させるものであって,金融機関としては歓迎すべきものであると思われます。
また,破産法との平仄の観点から、差押えを受けた債権の第三債務者が,差押え後に債権を取得した場合であっても,その取得した債権が差押え「前の原因」に基づいて生じたものであるときには,原則としてその債権による相殺をもって差押債権者に対抗できることとされ(新法511条2項)、今回の改正により,相殺範囲は,無制限説として通常理解されていたところよりも拡張されたといえるでしょう。
4 債権譲渡における相殺
現行民法では,譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは,債務者は,その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができるとされています(現行民法468条2項)が,債務者が,譲渡人に対する反対債権による相殺を譲受人に対抗できるのはどのような場合かについて,明記されていませんでした。
新法では,対抗要件具備前に取得した譲渡人に対する債権(新法469条1項)と,対抗要件具備時より後に取得した債権であっても,1)対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権(同条2項1号),2)譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権(同条2項2号)について,相殺が認められることが明記されました。
5 その他
これらのほかにも,相殺禁止の意思表示に関する点や,相殺の充当方法なども一部修正が加えられており,注意が必要です。