2018/06/15 【改正民法における定型約款】
弁護士 67期 山 本 慎太郎
1.設例
A社は旅館業を営んでいるが,チラシを見て宿泊の申込みを行ったBとの間で宿泊契約を締結した。その後,A社は,Bから,宿泊日前日に「宿泊契約を解除したい」との申入れを受けた。A社の宿泊約款には「宿泊日前日の解除は宿泊料金の50%を違約金として支払う」との規定がある。宿泊約款はA社の宿泊客に一律に適用され,個別の修正等は行っていない。A社はBに対し違約金を請求できるか。
2.実務上,上記設例のような宿泊約款のほか,生命保険約款,損害保険約款,旅行業約款,運送約款,預金規定など,いわゆる「約款」(多数の契約に用いられるために予め定式化された契約条項の総体)を利用される取引が多数存在します。
もっとも,現行民法上,「約款」について明文の規定はなく,何が「約款」に該当するのか,どのような場合に「約款」が法的拘束力をもつのか等は,解釈に委ねられてきました。
改正法では,多様な「約款」のうち一定類型を「定型約款」として規律の対象とし,法的拘束力が生じる場合やその限界等を定めました。
3.「定型約款」とは
「定型約款」とは,次の1)ないし2)いずれの要件を満たすものを指します(改正法548条の2)。
1)定型取引に用いられるものであること
具体的には,(1)特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であること,(2)取引の内容の全部または一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものであることが必要です。労働契約など,相手方の個性に着目して締結される取引は上記(1)を,取引内容を画一的に定めることが当事者の一方にとってのみ合理的である取引は上記(2)を欠くため,1)に該当しません。
2)契約の内容とすることを目的として準備されたものであること
これは,当該定型約款を契約内容に組み入れることを目的とすることを意味します。交渉により契約条項が修正される余地がある場合には,2)に該当しません。
3)当該定型取引の当事者の一方により準備されたものであること
4.みなし合意の要件
上記「定型約款」に該当するだけでは,「定型約款」に含まれる個別条項に法的拘束力は生じません。「定型約款」により契約内容が補充されるためには,当事者間で定型約款を契約の内容とする旨の合意をするか,または,定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示する必要があります(改正法548条の2第1項)。
上記を充足する場合には,当事者間で定型約款に含まれる個別条項を契約内容とすることを合意したとみなされ(みなし合意),当該個別条項が契約内容になります。
ただし,定型約款に基づく取引の場合,相手方が定型約款の内容を十分に確認していない場合や,不当な個別条項により不測の損害を被る可能性等があることから,相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重する条項であり,その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては,合意をしなかったものとみなされます(改正法548条の2第2項)。この場合,当該個別条項は契約内容になりません。
5.設例の検討
設例では,まずA社の宿泊約款が「定型約款」に該当するかが問題ですが,宿泊約款は不特定多数の宿泊客との間で一律に適用され,交渉の余地がなく,現にA社が準備したものであることから,上記1)(1),2)及び3)の要件を充足します。よって,交渉を行わずに当該約款を用いて契約を締結することがA社のみならずBにとっても合理的である場合(上記1)(2)の要件)には,「定型約款」に該当します。
「定型約款」に該当するとしても,みなし合意の要件を充足するかが別途問題になります。設例でも,違約金条項が契約内容になるためには, A社とBが宿泊約款を宿泊契約の内容とすることを合意していたか,または,A社がBに対し宿泊約款を契約内容とすることをあらかじめ表示していることが必要です。
以上の要件を充足すれば,違約金条項が信義則に反してBの利益を一方的に害するものと評価されない限り,A社はBに対し違約金を請求できます。(なお,前日のキャンセルの場合,A社側には空室に伴う損害等が現実に生じ得るため,違約金条項がBの利益を一方的に害すると評価される可能性は比較的低いと思われます)。
6.最後に
本稿で紹介した内容以外にも,改正法では,「定型約款」を変更した場合の法的拘束力の帰趨等(改正法548条の4)や「定型約款」の内容の開示義務(改正法548条の3)を新たに定めています。「定型約款」を用いて取引を行う場合には,これらにも留意が必要です。