2017/03/15 賃料増減額請求における「直近合意」について
代表社員 弁護士 庄司 克也
1.賃貸借契約における賃料増減額請求については,本誌でも触れられたことがあるが,再び取り上げてみたい。まず大前提の確認であるが,賃貸借とは一定の賃料を支払うこと(受け取ること)によって目的物を使用できる(使用させる)契約である。「いくらで貸す(借りる)」と約束した以上,賃料を一方的に増額したり減額したりすることはできないのが原則である。しかし,賃貸借は継続的な法律関係であり,長期に及べば一度決めた賃料が時の経過により不相当になる場合がある。中でも土地や建物を貸す場合には,賃料がもともと相対的に高額であるし,期間が長期に及ぶことがむしろ普通である。その間の経済状況の変動や,対象土地・建物の価格の上昇下落により,賃料が「元本」である土地や建物の価格等に比して相対的に高額にすぎたり,廉価にすぎることになったとき,これを適切に是正できないのでは,当事者間の公平を害する。その対処方法として当事者が予め賃料の増減額を許容する特約を設けておくことも考えられるが,法は一般的に,土地・建物の賃貸借について当事者の権利としてこれを認めている。すなわち,借地借家法は,土地や建物の賃料が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の賃料に比較して不相当となったときには,一方当事者が賃料の増減額を請求することができるとしているのである。
2.そこで問題は,これらの各種要因の増減・変動は「いつから,いつまで」の期間におけるそれなのかということである。これについては,賃貸人と賃借人で,賃料に関して「現実に合意された」直近の合意時から,増減額を求める基準時までの間の,これらの各種要因を考慮すると考えられている。「直近合意」は,当事者がある時点で「この賃料で貸す・借りる」と決めた以上,それはその時点での(それまでの)諸事情を勘案して当事者間で合意されたものであり,(それ以上は遡らない)基準としての規範性を有するからと考えられる。
3.直近合意時点は事情変更を考慮する期間の起点であり,適切に確定しなければならないが,案外これが難しい。賃料の改定は更新期に行われることが多いが,そこで賃料額について真摯な協議が行われ,その結果として今後の賃料は●●円とするとされた経過があれば,これを直近合意とすることは解りやすい。特にそこで現に増減額が行われていれば現実の合意の存在は明確である。しかし,更新が繰り返されていくと,更新のたびにそのような行為が繰り返されることはむしろ稀ではないか。特に問題は賃料が据え置かれて(横ばい賃料)更新手続きが行われた場合である。以下,賃貸人の視点で考えてみる。例えば,建物賃貸借で3年目の更新を迎えた際,賃貸人は,この3年間で賃料が幾分安くなったから上げてほしいと考えたとしても,その額は僅かであろうから今回の増額は見送り,次の更新の機会に6年分の事情をまとめて考慮してもらって増額しようと考えることもあり得よう。更新の度にギスギスとした賃料交渉をすることを嫌う賃貸人もいよう。何カ月も更新期を過ぎていることに気が付いて,慌てて更新手続きをするということもある。そうしてこれらの場合,堅実な賃貸人であれば,契約の終期をはっきりさせるため更新契約書(更新合意書)を作成することが通常であるが,そこに期間の終期を明示するほか定型的に「その他の契約条件は原契約の通りとする。」という文言に入れることがある。そして,まさにこの文言により,賃料について「据え置きとする」ことに「現実に」合意したこととなってしまい,ここが直近合意時とされ,次の更新期に「6年分」の事情を斟酌してもらうことはできなくなってしまうのでは…という問題につながるのである。
4.この点,不動産鑑定評価基準は,「賃料改定等の現実の合意がないまま契約を更新した場合」に,当該契約を更新した時点を直近合意時点とすることは妥当でないとし,この場合は「現実の合意があった最初の契約締結した賃料が適用された時点」を直近合意時点とすべきとする。また「経済事情の変動等を考慮して賃貸借当事者が賃料改定しないことを現実に合意し、賃料が横ばいの場合」には,当該横ばいの賃料を最初に合意した時点に遡って直近合意時点とすることは妥当でないとし,この場合は「賃料を改定しないことを合意した約定が適用された時点」を直近合意時点とすべきとする。結局は「現実の合意」の認定の問題であるが,外形上,従前賃料(横ばい賃料)のままで更新手続きが行われた場合には,それが「経済事情の変動等を考慮して賃貸借当事者が賃料改定しないこと」を合意したものかどうかを慎重に検討しなければならないのである。
5.進んで考えなければならないことは,過去の賃料合意の評価だけでなく,次に迎える更新期等に,どのような文言をもって更新契約書(更新合意書面)を作成するかということである。賃料据え置きでの更新の場合には「期間はいついつまでとする。賃料については従前のまま変更しないが,これは,本更新時を賃料の直近合意時点とするものではない」とでも明記するか。しかし,そのような書面の作成は不利益になる当事者(賃借人)は容易に応じてくれそうもない。更新契約書の作成自体を断念すればよいということにもなりそうだが,それでは契約関係(特に期間)が不分明になりかねないし,更新合意が成立しなければ更新料を取得できなくなるという危険もある。悩ましい問題で,適当な解決策がなかなか見つからない。