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2016/09/15 医療訴訟におけるカンファレンス鑑定の壁

客員弁護士  藤 村   啓

1 カンファレンス鑑定の意義と法的根拠


  平成15年頃から東京地方裁判所医療集中部で実施されている医療鑑定方式にカンファレンス鑑定というものがある。これは,原則として受訴裁判所に選任された3人の鑑定人が同一鑑定期日に口頭で鑑定意見を述べる鑑定方式で,鑑定人は鑑定期日の3週間前までに,裁判所に鑑定事項について簡潔な意見書の提出を命じられるが,鑑定期日においては提出した意見書の内容に拘束されないことになっている。この鑑定方式は,民事訴訟法215条1項の口頭鑑定と同条の2の鑑定人質問を同時に実施するものと理解されている。

  (東京地方裁判所医療訴訟対策委員会「東京地裁医療集中部における鑑定の実情とその検証(上)」(判時1963号3頁以下)参照)




2 カンファレンス鑑定方式が裁判実務に導入された経緯



  医療鑑定のかつての方式は,基本的に医師1名を鑑定人に選任し,鑑定事項に対する意見を鑑定書の形式で提出させ,必要に応じて鑑定人質問を行うというものであった。ところが,?鑑定人の選任は専ら受訴裁判所が事案ごとに自助努力で行っており,裁判所及び医療機関側のいずれにおいても鑑定人選任のために組織的な支援体制を整えてはいなかったこと,?十分な臨床経験を有し鑑定人適性の高い医師ほど,当該医療事故発生の臨床現場に立ち会っていないのに,そこで行われた医療行為について後視的に評価することには限界があると認識していること,?現役医師が本来の業務の傍ら,診療記録等関係資料を検討して当該医療事故の問題点を分析し,関係文献等を渉猟する等して,当該医療行為が医療水準に適しているか否かについて責任ある専門所見を鑑定書にまとめ上げ,報告するには労力,時間ともに負担が大きすぎること,?法廷等で鑑定意見に不服な代理人弁護士から鑑定意見に対するいわれのない誹謗中傷,人格攻撃等を受け不快であり,多大な精神的苦痛を受けることがあること,?顔見知りや同窓等の医師の医療行為について評価することには消極的にならざるを得ないこと等様々な事情が影響し合って,鑑定人の選任に難渋して選任までに長期間を要する上,鑑定書の提出にも長時間を要するのが常であった。

  そこで,医療裁判の迅速化の視点から,鑑定人選任について医療機関側の協力を得やすいよう,鑑定医の諸々の負担を大幅に軽減する鑑定方式として実務上編み出されたのが上記のカンファレンス鑑定方式であった。この方式の踏襲を前提に,医療機関が医療訴訟の鑑定に組織的な協力をする体制ができ上がり,今日では,東京地方裁判所医療集中部においては,医療鑑定はカンファレンス鑑定方式でしか実施されていないと言われている。




3 カンファレンス鑑定の現状と問題点



 (1) カンファレンス鑑定の導入は,鑑定に要する時間の短縮により,医療裁判の審理期間短縮という統計数値の縮小という成果をもたらした。

  しかし,このような鑑定方式は,かかる成果と均衡の取れない損失をもたらしてはいないかに留意しつつ,運営する必要がある。医療が対象とする生命体は神秘の存在であり,人智が知り得ている部分はほんのわずかであって,かかる生命体の病理現象に対する治療の是非をめぐる医療訴訟は,多くの難しい問題点を包含しており,売買賃貸借等の一般的な経済取引訴訟と同列にみて審理期間の短縮を企図するのは土台無茶な話しである。そして,このような医療訴訟に託された課題は,当該医療紛争の解決のみならず,より良い医療環境を規律する法規範の創造にあるところ,その達成は充実した審理によって初めて得られるものであるから,簡略化され,ともすれば充実審理にそぐわない方式となりがちなカンファレンス鑑定は,上の課題遂行及びそのための努力のいずれをも放擲することになりかねないからである。


(2)そこで,先ずは,カンファレンス鑑定に適さない鑑定事項があることを認識し,何でもかんでもカンファレンス鑑定方式で実施するのは避けるべきであろう。例えば,前提となる事実が確定できない医療行為の評価,また,画像の質や撮り方により評価が分かれ,いずれとも解釈できるレントゲンの画像読影等カンファレンス鑑定の方式では医療専門家として責任ある判断が下せない事項は除外すべきである。抽象的,一般的な医学的知見を問う事項や,専門家なら誰もが同一の意見となる事項がカンファレンス鑑定に適するように思われ,鑑定人の意見ないし判断が分かれ,かつ,そのいずれもが優劣つけ難く,いずれも成立してしまうような事項は鑑定対象から除外すべきである。


(3)次に,患者側代理人が充実した訴訟活動をする上で深刻な問題となることであるが,鑑定期日の約3週間前までに,鑑定事項に関する各鑑定人の簡潔な意見書を提出させ,これに基づいて口頭鑑定や鑑定人質問が行われるという運用である。医師で弁護士である特殊例を除き,医学知識が乏しく,むろん臨床経験などあろうはずもない医学分野の門外漢である一般の弁護士では,特に医療事故発生の経緯が複雑で,争点が多岐にわたり,かつ,重要な争点について専門的意見が分かれ,当事者も激しく対立しているような事案では,3週間程度の期間内に,簡潔な意見書を検討して,簡潔であるがゆえに,記載された鑑定人の意見を正確に理解することは困難とみるのが相当というべきであり,そのような不十分な理解の下で,鑑定期日の限られた時間内に3人の医療専門家に真に核となる問題点について的確な質問をし,理解をし,追及するなどは不可能といっても過言ではない。

  しかも,上記のとおり,鑑定人は,カンファレンス鑑定期日においては,自らが提出した意見書の回答内容には拘束されない取り決めとなっているから,代理人弁護士の質問を受けて,意見書の内容が不適切,不十分であると認識すれば,回答意見を修正し,あるいは撤回して,別の意見を展開することが容易に予測され,そうなると所詮素人で付け焼刃程度の知識しか持たない弁護士は,鑑定人の論理展開に翻弄され,付いていけなくなり,十分な訴訟活動を尽くせないまま鑑定質問が終了し,依頼者に対する責任を果たせない不十分な審理結果を強いられてしまう。

  これに対し,従前の1人鑑定であれば,鑑定人は鑑定事項に関わるすべての問題点について自らが全責任を負って鑑定意見を述べることになり,鑑定意見書にはその論証が医学的根拠を掲記しながら記述される。このような鑑定書であれば,医学的知見の乏しい弁護士であっても,鑑定人の意見を正確に理解し,事前の学習により問題点を的確に把握し,的を射た鑑定人質問をすることができるであろう。少なくとも,十分な攻撃防御活動が保証されているといえる。


(4) また,カンファレンス鑑定方式においては,鑑定人間の力量差,準備不足,さらには医療業界における諸々の力関係等の様々な事情から,鑑定人が互いに責任転嫁し,あるいは詰めた議論ができないまま,安易なところで妥協をする鑑定人が出てしまう現象を否定できないという問題がある。


(5) さらに,裁判運営の根本に関わる問題であるが,鑑定がカンファレンス鑑定以外には実施されないとなると,裁判所によってはぎりぎりまで争点を詰めていく作業を怠り,意見の対立が出てくれば,審理の促進の大義名分の下に,さっさとカンファレンス鑑定に丸投げして結論を鑑定人らに委ねるという審理が行われるおそれがある。しかし,それでは,医療紛争が裁判手続の形式的終了をみたというだけのことであって,原告(患者側)のみならず当該治療に関わった医師ほかの医療従事者らの双方に不満の残る結果となり,当該医療紛争の真の解決にならないばかりか,将来のより良い医療環境の形成に寄与するところもないといわなければならない。




4 おわりに



  以上のとおり,現在の東京地方裁判所医療集中部のカンファレンス鑑定は,患者側の代理人として医療訴訟を追行する弁護士から見てみると,依頼者の期待に応える訴訟活動をする上で,とてつもない高い障壁となっている。また,カンファレンス鑑定による医療裁判の運営は,医療訴訟の迅速な処理には適するであろうが,それによってもたらされる利益は,医療訴訟の審理期間の統計数値の減少や医療事故を保険商品とする損害保険会社の効率的な事務処理に益するにとどまってしまうことになりかねず,患者側の医療訴訟を提起し,追行する権利は損なわれ,さらには,より良い医療環境を規律する法規範の創造を求める患者及び医師ら

  医療従事者に益するところは乏しいものとなり,紛争の解決と具体的な法規範の創造を旨とする裁判制度の趣旨が没却されることになるように思われてならない。
医療訴訟が上記裁判制度の趣旨に適う充実したものとして運営されるためには,裁判所は適切な訴訟指揮に専念し,当事者は争点をえぐり出すに十分な主張,立証等の訴訟活動を行い,安易にカンファレンス鑑定に逃げ込んで責任転嫁などしないようにし,愈々鑑定が必要な事態となれば,個別に鑑定人を選任し,各鑑定人の責任で鑑定事項に対する意見を述べさせるようにすべきであろう。