2016/05/16 難しい財産分与
弁護士 51期 松田 竜太
1 離婚をする夫婦の一方は、相手方に対し、婚姻中に夫婦で形成した財産の分与を請求することができます(民法768条)。
この財産分与は、しばしば離婚に際し大きな争点となりますが、分与の対象や割合等に関して、次の例のように、判断に迷うことが少なくありません。
2(1) Xさん(女性)は、個人で不動産賃貸業を営むY氏と結婚し、約3年間の婚姻生活を送りました。
Y氏は、亡父から相続した賃貸マンションを複数所有しており、その賃料はY氏名義の預金口座1)に振り込まれます。Y氏は、適宜、口座1)のお金を別の預金口座2)に移し、XさんとY氏は口座2)から生活費等を引き出して使っていました。
なお、Xさんは、結婚を機にそれまでの会社勤めを辞め、主婦として家事をこなす傍ら、銀行回りや賃借人への対応等、Y氏の事業を手伝っていました。また、XさんとY氏の婚姻期間中の収入は、上記のマンションからの賃料のみでした。
(2) さて、XさんとY氏が性格の不一致等から離婚するに当たり、財産分与の点で協議がまとまらず、調停になりました。
具体的には、上記のマンションはY氏の特有財産として分与対象にならないことを前提に、口座1)2)の預金残高がいずれも婚姻時より増えていたため、その増額分の扱いが問題となりました。
Xさんは、口座1)2)の預金の増額分は、夫婦が共同で形成した共有財産として、2分の1が自分に分与されるべきであると主張したのに対し、Y氏は、いずれの増額分も原資はマンションの賃料であり、マンションが自分の特有財産である以上、預金も分与対象にならないと反論したのです。
この点に関し、調停の担当裁判官からは、「分与対象となるのは口座2)の預金の増額分のみであり、口座1)の預金は対象にならない。」との見解が示されました。
Xさんが裁判官に理由を尋ねると、次のような説明がありました。
「 口座1)は賃料振込用の専用口座であり、口座のお金は賃料としての性質を失わない。そして、マンションがY氏の特有財産として分与対象とならない以上、マンションの使用の対価である賃料も分与対象にはならない。」
「 他方、口座1)から口座2)に移されたお金は、口座2)の預金と混然一体となって、賃料としての性質や特定性を失う。口座2)の預金はXさんとY氏の生活費として使われ、夫婦の共有財産であるから、分与対象となる。」
(3) このような裁判官の見解に対し、Xさんは、次のように異議を唱えました。
「 例えば、サラリーマンの妻は、婚姻期間中に夫の給料を貯金した結果、夫名義の預金残高が増えれば、その増額分の2分の1の分与を受けられるというのが、実務上、一般的な理解のはずである。これは、妻が夫と協力して預金という共有財産を築いたと評価されるからではないか。」
「 そうだとすれば、婚姻期間中に増額した預金の原資が、Y氏の特有財産であるマンションからの賃料だとしても、夫婦が協力して形成したことに変わりはなく、口座1)の分与が否定されるのは不公平である。」
すると、裁判官からは、さらに以下のような指摘がなされました。
「 Y氏は、婚姻前からマンションの賃料収入を得ており、Xさんと結婚しなくても同じ収入を得られたであろうと思われる。よって、Y氏の婚姻期間中の賃料収入に対し、Xさんの寄与は認められない。」
(4) しかし、結婚していなかったとしても、結婚した場合と同じ収入を得られたであろうというのは、特有財産から収入を得る場合に限りません。例えばサラリーマンの給料でも、Xさんの婚姻期間と同じ結婚後3年間程度の分は、特殊な事情でもない限り同じことがいえるように思えます。
また、口座2)の預金の原資は、Y氏が主張するとおり、元々全てY氏の賃料収入であり、なぜ口座2)だけが分与対象となるのかも、(対象となること自体はXさんに有利ですが、)よく分かりません。あえて説明を補足すれば、口座1)から口座2)にお金を移すY氏の行為に、いわば特有財産としての性質を放棄し、共有財産性を認める意思が読みとれるということかもしれません。
3 Xさんは、あまり納得できなかったものの、結局、裁判官の見解を前提とする財産分与に応じました。
このように、財産分与では、もっとも一般的な財産と思われる預貯金についてさえ、夫婦の職業や収入、お互いの寄与の程度その他婚姻生活に関する様々な事情次第で、先例がなく、文献にも載っていない、結論が予測困難な問題となり得ます(なお、上記の例で、別の裁判官であれば、異なる見解が示された可能性もあります。)。
そして、さらに厄介なのは、財産分与の結論を左右する婚姻生活をめぐる経緯や諸事情というものは、夫婦の数だけ無限に存在し、一つとして同じではないという点だと思われます。