2016/04/15 債権の譲渡制限特約 ?民法改正によってどう変わる?
弁護士 59期 眞 鍋 洋 平
1 債権の譲渡制限特約
事業者間の取引においては,取引上の債権の譲渡を禁止し又は制限する特約(以下単に「特約」といいます)が付されているケースが多く見受けられます。その主な理由としては,買掛金の支払等を行う債務者における1)支払事務手続の煩雑さの回避,2)過誤払の危険の回避,3)反対債権による相殺確保等が挙げられます。
現行民法の下での特約は,取引の相手方が自社に対する債権を自社の承諾を得ずに譲渡した場合,特約の存在につき悪意(特約の存在を知っていること)又は重過失の譲受人に対しては,債権譲渡の無効(債権者は引き続き譲渡人であること)を主張できるという効果が認められています。
2 民法改正案
平成27年3月,民法の一部を改正する法律案(以下「改正案」といいます)が国会に提出されました。改正案は,債権の流動性を高め,債権を活用した資金調達の可能性を広げるために,従来の規律を変更して特約によっても債権譲渡の効力を否定できない(譲渡は有効)との規律を採用しました(改正案466条2項。ただし預貯金債権に関しては従前の規律が維持されますので,本稿で述べる債権は預貯金債権を除く債権を指します)。
それでは,特約は,民法が改正されると存在意義がなくなってしまうのでしょうか。買掛金の支払等を行う債務者側の視点でどのように対応が変わるのか,概要を確認してみましょう。
(1)誰に弁済するか
現行法下では,譲受人が善意又は無重過失の場合は特約があっても債権譲渡が有効なので譲受人に,譲受人が悪意又は重過失の場合は特約により債権譲渡が無効になるので譲渡人(ただし債権譲渡を追認すれば譲受人も可)に対して弁済することになります。
改正案では,譲受人の認識や過失の有無に関係なく,債権譲渡により譲受人が債権者になりますが,譲受人が悪意又は重過失の場合(将来債権の譲渡の場合は債務者対抗要件の具備(通知又は承諾)時までに特約が付されれば悪意とみなされます。改正案466条の6第3項)には譲渡人に弁済すれば,これをもって譲受人に対抗できるとの規律が採用されたため(改正案466条3項),誰に弁済するかという点は,従来の対応とあまり変わらないでしょう。ただし,譲受人が悪意又は重過失であっても,債務者が債務を履行せず,譲受人から催告(相当期間を定めて譲渡人に対して弁済するよう請求すること)を受けても債務を履行しない場合には,債務者が態度を改めて譲渡人に弁済しても,その弁済をもって譲受人に対抗できない(譲受人に対して弁済する必要がある)ため(改正案466条4項)注意が必要です。
(2)供託できるか
現行法下では,譲受人の認識や過失の有無が不明である場合等,債権者不確知(債務者が過失なく債権者を確知することができないこと)という要件を満たす場合には,供託により債務を免れることができましたが,改正案では,債権者不確知を要件とする供託に加えて,金銭債務については,債権者がわかっていても供託により債務を免れることができるようになりました(改正案466条の2第1項)。
なお,金銭債務に関しては,譲渡人が破産し,かつ,債務者対抗要件及び第三者対抗要件を具備した金銭債権の全額の譲受人から全額供託するよう請求を受けた場合には,譲受人の認識や過失の有無にかかわらず全額供託する必要があります(改正案466条の3)。
(3)譲受人に相殺を対抗できるか
特約とは関係ありませんが,債権譲渡と相殺に関する規律も変わります。現行法下,債権譲渡につき譲受人が債務者対抗要件を具備する時までに譲渡債権の債務者が譲渡人に対して取得した反対債権との相殺をもって,譲受人に対して譲渡債権の全部又は一部の消滅を対抗できると解されていましたが,改正案は,このような解釈を明文化したことに加えて(改正案469条1項),譲渡人に対する反対債権の取得時期が上記対抗要件具備時よりも後であっても,上記対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた反対債権又は譲渡債権の発生原因である契約に基づいて生じた反対債権であれば,当該反対債権との相殺をもって,譲受人に対して譲渡債権の全部又は一部の消滅を対抗できるとされました(ただし上記対抗要件具備時より後に他人の債権を取得した場合を除きます。改正案469条2項)。
3 まとめ
このように,改正案では債務者への一定の配慮もなされていますが,民法改正に備えて,自社に対する債権の譲渡がなされた場合の対応(ルール)等についてあらためて確認する必要がありそうです。