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2020/05/15 使用貸借の変更点

弁護士 67期 山 本 慎太郎

1.はじめに


 改正民法では,使用貸借についても何点か改正がされました。以下では,改正点のうち,比較的重要と思われる事項(使用貸借の諾成契約化,貸主の担保責任及び借主の用法違反による貸主の損害賠償請求権)を紹介いたします。



2.そもそも使用貸借とは?


 使用貸借とは,無償で他人の物を使用収益する契約です。例えば,親族に無償でアパートの1室を貸す場合や,友人に無償で万年筆を貸す場合などが,この使用貸借に属します。

  なお,「貸す」契約には賃貸借もありますが,使用貸借と賃貸借の区別のメルクマールは,「貸す」ことへの対価を伴うか否かによります。「貸す」ことに対価が伴わない場合には使用貸借ですが,対価を伴う場合には,賃貸借と評価されます(ただし,借主が何らかの費用を負担していても、それが借りることの対価として低廉である場合には、賃貸借ではなく,使用貸借と評価されることもあります。その意味で,使用貸借と賃貸借の区別が難しい場合もあります)。




3.使用貸借の諾成契約化


  現行民法では,「使用貸借は,当事者の一方が無償で使用及び収益をした後に返還をすることを約して相手方からある物を受け取ることによって,その効力を生ずる」と規定されており(593条),使用貸借は要物契約,すなわち目的物が借主に交付されたときに成立する契約と解されています。

 もっとも,使用貸借が要物契約であることを徹底させると,不都合が生じる場合もあります。例えば,「貸主と借主が,一旦は貸主のアパート1室を借主に無償で貸すと合意したが,貸主の気が変わり,貸すことをやめた」という例では,同室が借主に引き渡されていない以上,そもそも使用貸借契約が成立していないと評価されるため,借主は予想外の不利益を被る場合もあると考えられます。

  上記事態を避けるため,現行民法においても,解釈上,当事者の合意のみで使用貸借を成立させることができると解されていました(これを諾成的使用貸借といいます)。

 ただし,何らの手当てもなく諾成的使用貸借を徹底させると,貸主が「貸す義務」に拘束され,不都合が生じる場合もあります。例えば,上記事例の合意が安易に口頭でされた場合であっても,貸主は当該合意に拘束され,引渡前であっても反故にすることはできません。使用貸借が無償であることに鑑みると,やや硬直的な帰結ともいえます。

  そこで,改正民法では,使用貸借を諾成契約,すなわち当事者の合意があれば,目的物の交付がなくともその効力が生ずるとした上で(改正法593条),無償性に鑑み,書面による場合を除き,貸主は,借主が目的物を受け取るまでは,契約を解除できるとしました(同593条の2)。このように,書面によらない使用貸借については,無償性と契約の拘束力の調整を考慮した改正がされたといえます。 




4.貸主の担保責任に関するもの


 現行民法では,使用貸借の貸主の担保責任について,使用貸借が無償であることを踏まえ,目的物に瑕疵等があっても,原則として,貸主はその責任を負わない旨が規定されています。なお,「原則」と留保したのは,貸主が瑕疵等の存在を認識しながら,あえて借主に告げなかった場合等は,例外的に貸主はその責任を負うと規定されているためです(以上,596条,551条1項)。

 よって,例えば,「貸主から無償で借りた万年筆に不具合があり,インクが漏れて借主の洋服が汚れてしまった」といった例では,貸主が万年筆の不具合を知っていた等の事情がなければ,貸主は,借主に生じた損害を賠償する義務は負いません。

  他方,改正民法においては,使用貸借の無償性に鑑み,貸主の責任を軽減する観点から,貸主の担保責任の推定規定が設けられました。これは,使用貸借の貸主は,種類,品質及び数量に関して契約の内容に適合した目的物を引き渡す債務を負うことを前提とした上で,使用貸借の目的として特定した時の状態でその目的物を引き渡すことを合意していたものと推定されるという規定です(改正法596条・551条1項)。

 よって,上記事例では,貸主は,その万年筆を貸すとした時の状態で借主に貸すことを約したものと推定され,借主から「特にインクが漏れない万年筆を貸すことが合意されていた」と立証されない限り,貸主は借主に対して担保責任に基づく賠償責任を負わないものと考えられます。




5.借主の用法違反による貸主の損害賠償請求権


  現行民法では,借主の用法違反による貸主の損害賠償請求権は,貸主が目的物の返還を受けた時から起算される1年の除斥期間のほか(600条),借主が用法違反をした時から10年の消滅時効に服し(167条1項),そのいずれかが適用されれば,消滅すると解されていました。

  もっとも,その場合,借主が用法違反をした時から10年以上が経過してもなお使用貸借が存続する場合など,貸主が目的物の状況を把握できないうちに,貸主の借主に対する損害賠償請求権の消滅時効が完成する不都合が生じることもありました。

  そこで,新法においては,借主の用法違反による貸主の損害賠償請求権については,貸主が返還を受けた時から1年を経過するまでは,消滅時効の完成を猶予することしました(改正法600条2項)。

 よって,例えば,「貸主が,20年ほど前に借主に無償で貸したアパートの1室の返還を受け,室内を確認したところ,借主による10年以上前の改造工事が発見された」という例でも,貸主は返還を受けてからなお1年間は借主に対して損害賠償を請求する余地があります(少なくとも借主から消滅時効を援用されることはありません)。





6 最後に

 上記で記載したもの以外にも,改正民法では,使用貸借の意義,使用貸借の終了,借主の収去義務及び原状回復義務等についても改正がされています。これらの改正点にも留意が必要です。