弁護士法人 小野総合法律事務所 ONO SOGO LEGAL PROFESSION CORPORATION

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2013/10/16 「専門家」責任

弁護士 代表社員 庄司 克也

1.Xは,弁護士Yに対し,複数の消費者金融業者からの借入債務の債務整理を委任した。数社には利息の過払いが生じておりYはいくばくかの資金を回収した。残り2社には借入元本債務が残ったため和解交渉に及び,1社とは和解が成立したものの,残り1社(甲)とは和解に至らなかった。このときYの手元には獲得した資金48万円余があり,甲に残された元本債務は29万7840円であった。Yは,当該債務に関して「消滅時効の完成を待つ」方針を選択することとし,その旨をXに説明し債務整理処理をいったん終了した。約3年4カ月後,Xは別の弁護士に依頼し,延滞利息等を含め50万円の支払いを行うことで甲と和解した。こうした経過の後,XはYに対し「時効待ち」という債務整理の方針の選択について説明義務違反があったとして,甲に支払いを余儀なくされた約定延滞利息や慰謝料等の損害賠償を求めるに至った。一審はXの請求を一部認容したが,控訴審はこれを否定したため,Xから上告等がされたところ,最高裁判所(平成25年4月16日判例)は「本件においてYが採った時効待ち方針は,甲がXに対して何らの措置も採らないことを一方的に期待して残債権の消滅時効の完成を待つというものであり,債務整理の最終的な解決が遅延するという不利益があるばかりか,当時の状況に鑑みて甲がXに対する残債権の回収を断念し,消滅時効が完成することを期待し得る合理的な根拠があったことはうかがえないのであるから,甲から提訴される可能性を残し,一旦提訴されると法定利率を超える高い利率による遅延損害金も含めた敗訴判決を受ける公算が高いというリスクをも伴うものであった。また,Yは,Xに対し,甲に対する未払分として29万7840円が残ったと通知していたところ,回収した過払金からYの報酬等を控除してもなお48万円を超える残金があったのであるから,これを用いて甲に対する残債務を弁済するという一般的に採られている債務整理の方法によって最終的な解決を図ることも現実的な選択肢として十分に考えられたといえる。このような事情の下においては,債務整理に係る法律事務を受任したYは,委任契約に基づく善管注意義務の一環として,時効待ち方針を採るのであれば,甲に対し,時効待ち方針に伴う上記の不利益やリスクを説明するとともに,回収した過払金をもって甲に対する債務を弁済するという選択肢があることも説明すべき義務を負っていたというべきである。」とした上で,本件ではYはこの説明義務を尽くしていないとして原判決を破棄し,Xに生じた損害額を審理するため高等裁判所に差し戻した。本件ではYもXに無断で事件処理をしていたわけでなく,時効待ち方針を採用すること自体についてはXに告知していた事情もあり,また原審ではYの責任は否定されている等微妙な点もあるが,債務整理事案における,弁護士という専門家の,依頼者に対する事件の処理方針の説明義務とその違反を肯定したものである。


2.専門家が委任者に与えるサービスの内容は非定型的な「為す債務」であることから,専門家には広い裁量権が与えられることとなる。それにもかかわらず,依頼者は専門家の能力や技量を直接判断することができず,その者が当該分野の専門家であることを信頼して契約関係に入らざるを得ない。そして,その信頼とは,専門領域について最低限必要な能力を有しているであろうという点に対する信頼と,当該事案の解決のプロセスで専門家に委ねられざるを得ない裁量的判断が適切になされるであろうということに対する信頼とに分けられると指摘される(別冊NBL28号・能見論文。トラスト60研究業書・寺尾論文。)。この分析は,弁護士と依頼者の関係の内実を具体的に明らかとするものとして的を射たものである。依頼者は,当該事案で「何が問題となるのか」すら分からないことがあり,また解決の過程での具体的な方針の判断は,当該専門家に大幅に依存せざるを得ず,しかもその根底にあるのは当該専門家が有能かどうかの何かしら客観的な基準によるのではなく,「信頼」「信用」といった極めて情緒的なものであったりするのである(「先生がそう仰るならそうしてください」的なもの)。また,弁護士の側が「俺の言うことが聞けないのか」的な対応をすることさえも,まだまだ例外的なことではない。そうであるとすれば,依頼者が専門家に与えるこの「ある意味根拠のない全幅の信頼」をどう保護し,専門家をどう律していくかという視点から,専門家の責任の程度と内容を論じざるを得ないということになる。専門家責任を特別なものと考える所以はここにある。前記の判例も,この視点から専門家たる弁護士に対し,相応の責任を課したものと言える。


3.専門家の専門家たる特色がどこに求められるのかについて,例えば,仕事の性質が高度に専門的で「マニュアルな作業よりも精神的・判断的な作業」が中心となる,高い職業倫理や顧客との信頼関係が重視される,専門家集団によってレベルが維持され資格を要求されることが多い,高い社会的身分を享受している,特殊な教育や訓練によって習得した特殊な技能を活用する仕事であるため仕事に対する対価が比較的高額になる…などが挙げられている。弁護士の不祥事が多発する現実を見ると,悲しいことではあるが,弁護士はもはや「専門家」を名乗る資格がないとされる日もそう遠くなさそうである。