弁護士法人 小野総合法律事務所 ONO SOGO LEGAL PROFESSION CORPORATION

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2022/01/27 「年末の雑感」

置き配継続利用者

昨年末に引っ越しをした。

引っ越し先のマンションは、居住者数と比較して宅配ボックスの数がそれほど多くなく、また宅配ボックスの荷物をなかなか取り出さないひともいるようであるため、ネットで大量に品物を購入した場合、宅配ボックスに空きがなく、配送品が持ち帰られる事態が生じるのではないかと危惧していたのだが、先日、まさにそのような事態を危惧するほどの大量の品物をA社を利用して購入した。

 そのため、私は、配送品が持ち帰られてしまう事態を半ば覚悟して配達を待っていたのだが、配達予定日に何事もなかったかのように「配達済み」とのメッセージが届いたため、「あの宅配ボックスって意外に物が入るんだな」などと思いながら帰宅した。ところが宅配ボックスを確認しても品物が入っていない。「どういうことだ・・・。まさか誤って他の居住者に配達されてしまったのでは」などと考えながら部屋の玄関前まで辿り着くと、何やら玄関前に大きな段ボールが置かれている。不気味に思いながら恐る恐る段ボールを確認すると、段ボールには見覚えのあるA社のラベルが貼られている。私はそこでようやく「もしやこれは噂の置き配(※玄関前等に配送品を置いて配達する配達方法)というものではなかろうか」との認識に至ったが、「今回は大量の荷物の配達に追い詰められた配達員が独断で泣く泣く置き配を決断したのだろう。消費者が選択していないにもかかわらず、置き配という盗難リスクのある配達方法が自動的に(勝手に)選択されるようなことはさすがにないだろう。」と考え、配達員の苦労を勝手に労いつつ、念のためA社の置き配について検索した。そうしたところ、何とA社では会員から配達方法の指定がされていない場合は「置き配可」の会員として取り扱うシステムに変更がされており、特に配達方法を指定していなかった私はいつの間にか「置き配可」の会員に分類されていることが判明した。

 私はその事実を知って妙に感心してしまった。A社は誰もが知るアメリカの外資系企業だが、おそらく、昨今の物流状況を踏まえ、置き配のメリット(配達コストの大幅な削減等)とデメリット(置き配によって盗難が発生した場合の補償・置き配を半ば強引に進めた場合のレピュテーションリスク等)を比較し、前者が後者を上回ると判断して、一定の批判、クレームを覚悟した上で速やかに思い切ったシステム変更を行ったのだと思う。内容の良し悪しはともかく、このような大胆かつスピーディーな経営判断は、日本企業ではなかなか見ることができない。アメリカの巨大企業の強さの源泉を垣間見たような気がした(約2年前、保釈中に海外逃亡した大手自動車会社の元CEOは、逃亡後に「日本人は決定したり行動するのが遅い(そのため、それを利用して逃げることができた)」といった趣旨の発言をしたようだが、真摯に受け止めるべき部分があるように思う(念のためだが、私は同氏を称賛しているわけでも擁護しているわけでもない。)。)。

 年末に部分的にではあるが紅白を見た。紅白は、例年、全世代配慮型ともいうべき無難な番組構成になっているが、昨年の紅白はかなり尖った番組構成になっていた。一部の年齢層にしか認知されていないであろうアーティストが数多く登場し、また紅白らしからぬ演出も多々あり、「ついてこれない視聴者は諦める」(≒批判、クレームを恐れない)といった潔さ、決意のようなものを感じた。私は紅白に日本型意思決定の変化の胎動を見た(と勝手に思っています。)。

 これからさらに人口減少が進んで日本のマーケットが縮小し、否応なしに世界と戦わざるを得ない環境になり、また全方向に配慮する余裕もなくなってくると、日本的な意思決定プロセスにも徐々に変化が生じるのかもしれないなどと感じた年末であった。