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2022/04/01 コロナ禍の海外渡航

湯尻淳也

この文章を書いている時点では、いわゆる第6波もようやく収束傾向となり、まん延防止等重点措置、いわゆる「まん防」もやっと明けたところです。思えばもう2年ほども新型コロナ騒動が続いていることになります。

この間、去年の夏、かねてよりアメリカのワシントン州に在住している娘がアメリカ人男性と結婚することになり、私は夫婦で娘の結婚式への出席のため、コロナ禍の海外渡航を経験することになりました。

まず、出発前72時間以内のPCR検査による陰性証明書を準備し、ガラガラの羽田空港(とはいえ、オリンピック期間だったので、マスコミ関係者や競技関係者はいました)から出発しました。空港はレストランもほとんど閉店していて、ランチにも苦労するほどでした。

それが、シアトル・タコマ空港に着いたら、陰性証明書を提示するほかはあまり普段と変わらない様子で賑わっていました。しかも、マスクをしている人もほぼゼロで、なんだか別世界に来てしまった気分。現地では、タコマの街中の広めの一軒家を借りて、とても快適に過ごすことができました。また、自転車を持って行ったので、毎日のように(結婚式当日も!笑)近隣のエリアにバイクライドに出かけていました。ワシントン州は自然が豊かで本当に楽しむことができました。

無事結婚式を終え、帰国前日には、また帰国便の出発72時間以内のPCR検査を受けました。日本で多くある唾液採取ではなく、長い綿棒を鼻に突っ込まれるやつです。めちゃくちゃ気持ち悪く涙目になっていたら、担当の人に笑われてしまいました。ホテルのパーティールームを臨時に改装したようなところでしたが、ちゃんと日本用の証明書の書式も準備されていて、無事陰性証明書を取得できました。

そして、翌日の便で帰国。羽田空港に到着すると、ワシントン州は当時、デルタ株の指定地域となっていたため、腕にそれを示す札をかけられ、ホテル隔離グループとして扱われました。またPCR検査を受け、指定のスマホアプリをインストールし、検査の陰性確認が取れたら、隔離先のホテルが手配できるまで待ちます。呼び出されたのは到着から4時間以上も経過した後で、行き先はバスに乗ってから知らされます。そして聞かされたのがまさかの「ホテル○○羽田空港」。渡り廊下でターミナルと直結しているホテルにバスで移動です。なんだかなぁと思いながら、3日間のホテル隔離の開始です。

ホテル隔離中、部屋からは1歩も出ることができず(見張りがいます)。食事はお弁当が1日3回、外側のドアノブにかけられます。まあまあ美味しいです(笑)。退屈は退屈ですが、ちょうどオリンピックが開催されていたので、いろんな競技を見て気を紛らわすことができました。

3日が過ぎ、ホテルを出るときにもPCR検査で、陰性が確認できたらホテルから出られますが、自宅等に戻るには公共交通機関を使ってはいけないということになっています。僕は空港前で自転車を組んで、自転車で自宅まで帰りました(38kmくらい)。そして、自宅から車で妻を羽田空港までピックアップして帰宅完了です。が、これからは11日間の自宅での自主隔離となります。近所のスーパーや散歩くらいは行っていいということでしたが、仕事はこの間も在宅勤務です。ほんと海外旅行を思いとどまらせるには十分な面倒くささでした。

今は、海外渡航もかなり制限が緩和され、上記のような大変な思いをすることは、今後余程状況が悪化しない限りなさそうです。去年の渡米は、ある意味貴重な経験と言えそうですね。状況がさらに改善したら、今年はまた海外にも出かけたいところです。ほぼ自由に行けることの素晴らしさを実感できそうです。