2021/12/07 動産の即時取得
パートナー弁護士 齊 藤 潤一郎
1.即時取得とは
民法には動産の即時取得という規定があります。動産取引を主たる業務としている会社を除いて、あまり馴染みがないかもしれませんが、民法第192条には以下のような規定があります。
「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。」
例えば、Aが自分の時計の修理をBに依頼していたところ、Bが自分の時計であると偽ってCに売却し引渡したような場合において、Cが上記の即時取得の要件を満たせば時計の所有者はCとなり、その反面Aは時計の所有権を失うことになります。もちろん、Aは勝手に時計を売却したBに対して損害賠償請求をすることは可能ですが、Cに対して「その時計は自分のものだから返してくれ」という返還請求はできず、また、Cが時計をDに売却していたケースではAがCに対して損害賠償請求をすることもできません。
2.即時取得の適用される範囲
民法第192条の即時取得の規定が適用されるのはあくまで動産に限ります。土地・建物のような不動産については適用がありません。では、例えば、A所有の建物について自らの所有だと偽ったBから、それを信じて購入したCは一切保護されないのか、特に登記名義までBとなっていたような場合には疑問が生じるでしょうが、この場合のCについては即時取得の規定は適用されないものの、判例理論により民法第94条第2項の類推適用によって保護される場合があります。
なお、即時取得の対象となる動産が盗品・遺失物である場合は、一定の例外規定があります(民法第193条)。
3.即時取得の要件・過失の認定要素
さて、即時取得が成立するための要件ですが、上記1の事例のCが時計を占有するに至った原因、つまりBとCとの間の取引が通常の売買契約であれば、民法第192条の「取引行為によって」「平穏に」「公然と」の要件は満たされることになり、即時取得に関する紛争は主として(「善意であり、かつ、過失がない」のうちの)「過失がない」の要件を満たすかどうかという点になることが多いです。この要件は、換言すると「CはBが真の所有者でないことを気づけたはずなのにうっかり気づかなかった」かどうかの検討となります。
過失の認定において、裁判例はケースバイケースで事情を総合考慮して決定しています。例えば、最近の裁判例では、令和2年3月23日東京地裁判決(Cの過失ありとして即時取得を認めなかった事例)があります。この件は、リース会社であるA社所有の建設機械(油圧ショベル)のリースユーザーであるB社が、A社所有であるリース物件等を無断でC社に売却し、さらにC社が海外に売却したという案件において、A社がC社に対して損害賠償請求をし、C社側は即時取得が成立することを理由にこれを争った案件です。
裁判所は、①建設機械の商取引はリースや長期割賦が多く、本件機械も高額で、C社が長期間古物商の経験を有していたこと、②市場価格よりB・C間の売却価格が安いこと、③機械にはA社の所有者を示すシールが貼付された跡があったこと、④本件以外でC社がB社から別件の機械の引渡しを受けられなかった事態があったこと、などを理由に、C社において、B社が建設機械の所有権を有するかについて疑念を抱くべきだったのに、疑念を解消するに足る調査等をすることなく漫然と引渡しを受けたのだから過失がある、と判断しました。
このケースをC社の立場で考えると、B社に支払った代金とは別にA社に対して損害賠償金を支払わなければならないことになります。C社はB社に対して損害賠償(売買代金の返還)を求めることは可能ですが、このようなケースのB社は概ね破綻していることが多く(上記の裁判例でもそうでした)、海外に売却した金額にもよりますが通常は少なくともB社に支払った金額は損失になります。C社としてはそもそもこのような怪しい点がある取引は避けるべきだったという結論になるでしょうが、この「怪しさ」に気づけるかどうかは、担当者の経験値やセンスに依るところも多いのが実情です。