弁護士法人 小野総合法律事務所 ONO SOGO LEGAL PROFESSION CORPORATION

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2019/05/15 司法修習生採用面接での設例

代表社員 弁護士 近 藤   基

1.設例


  当事務所では、例年、司法修習生の採用面接の際に、設問を提示してこれに対する法的見解を答えてもらっている。昨年の設例は次のようなものであった。

(1) A女(年齢90歳)はY銀行に4億円の普通預金を有していた。

(2) 某日、Y銀行にAの長女を名乗るZから電話があり、Aの預金全額を払い戻したいがA本人は高齢かつ病気で外出できないので、自宅まで来てもらいたい、ただし、自宅は取り壊して建替え中であるので、仮住まいをしている自宅近くのアパートに来てもらいたいとの依頼があった。

(3) よって、翌日、Y銀行の担当者2名が指定されたアパートを訪問することになった。途中Aの届出住所の前を通ったが、確かに建物は取り壊されていた。アパートには、Zのほかに、Aの年齢と相応の年恰好の女性がベッドに寝ており、名前を尋ねるとAであると名乗った。

(4) Zは、母親Aの預金全額を払い戻してZの預金口座に入金してほしいと言い、Aも、そのとおりにしてほしいと言った。払戻請求書の署名は、Aの指示によってZがその場で代筆し、Aの指示でZが真正な届出印を押した。提出された預金通帳も本物であった。

(5) よって、Y銀行の担当者はY銀行に戻り、Aの預金4億円全額を払い戻してZの預金口座に全額を入金する処理を行った。

(6) ところが、実際には、Aは本件払戻しの3日前に死亡していた。Aの法定相続人は、長女Zと長男Xの2人である。

(7) 長男Xは、Y銀行を被告として訴訟を提起し、本件払戻しは無権利者であるAの偽者に対して行われたものであり無効であると主張して、本件預金債権の2分の1を自分が相続したとして2億円の支払いを請求した。

(8) ZがY銀行に補助参加し、Aは遺産のすべてをZに相続させる旨の公正証書遺言を作成していたから、Xは本件預金債権の2分の1を相続していないと主張した。

(9) Aの偽者に対し払戻しを行ったY銀行は、本件払戻しが有効であることをXに対して主張できるであろうか。

  ちなみに、映画にでも出てきそうな話であるが、この設例は実際にあった事案(東京高裁平成27年12月17日判決・金融法務事情2042号65頁)を少しだけ修正したものである。




2 修習生の回答


  さて、皆さんならば、まずどのような主張を考えるであろうか。修習生たちは、全員が、最初に、Y銀行は債権の準占有者に対する弁済の主張ができるのではないかと答えた。民法478条によれば、債権の準占有者に対する弁済は、弁済者が善意かつ無過失である場合には有効である。債権の準占有者とは債権者ではないが債権者らしい外観を有する者をいい、本件でのAの偽者はこれにあたるといえる。また、Y銀行が善意であることは明らかである。ならば、Y銀行が無過失であるならば、Aの偽者に対する払戻しも有効となる。よって、債権の準占有者に対する弁済の成否を検討すること自体は正解である。




3 さて


  しかし、よく考えてみると、Aは遺産のすべてをZに相続させる旨の公正証書遺言を作成していたのだから、Y銀行は知らなかったが、Aの死亡によって法律的にはAの預金債権はZが単独で取得している。Aの偽者は、本件払戻し時点での唯一の預金債権者であるZの依頼ないし指示を受けていたことが明らかであり、Aの偽者が払戻しを受けることをZは了解しているから、Aの偽者は正当な受領権者である。つまり、債権の準占有者に対する弁済の成否を論じるまでもなく、本件払戻しはそもそも正当な受領権者に対する弁済として有効である。




4 実は


  本件にはひとつ落とし穴がある。設例の元となったのは最高裁平成28年12月19日大法廷決定が出る前の事案であった。大法廷決定前の判例法理では、預金債権は預金者の死亡によって法律上当然に相続分に応じて分割され、各共同相続人は単独で自己の相続分の払戻請求が可能であった。

  しかし、大法廷決定によって、預金債権は預金者の死亡によっても分割されず、各共同相続人は自己の相続分の単独での払戻請求はできないものと判例変更された。つまり、大法廷決定の判例法理の下では、相続預金について自己の相続分の払戻しを求めるXの請求はそもそも認められず、設問自体が成り立たないのである。この点を指摘する修習生は、残念ながら一人もいなかった。