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2020/07/16 変わりゆく民事裁判

客員弁護士 26期 藤 村  啓

1 当事者が満足する民事裁判は,適宜な審理で事案を解明して行われる判断であり,公正,適正,迅速で充実した審理に基づく裁判である(民事訴訟法2条,裁判の迅速化に関する法律1条,2条等参照)。

  このような裁判の実現には,裁判手続におけるほぼすべての権限を委ねられ,裁判手続の主宰者の地位に立つ裁判官が当事者を巻き込んで紛争解明のための争点整理に取り組むことが不可欠の条件である。





2 裁判官が行う争点の整理態様には大別して2通りある。一つは,裁判官が当事者の主張を形式的に突き合わせ,双方の主張の対立を一覧表化するものである(以下「A類型」という。)。もう一つは,裁判官が審判の対象である訴訟物の判断に必要な争点を追求する姿勢の下に,事実認定,法律論のいずれであれ,法と証拠に基づいて当事者と議論を尽くし,当事者が争点だと主張している対立点を積極的に解消していく作業態様である(以下「B類型」という。)。筆者の考える争点整理はB類型である。なお,以上のほかにも,A類型に類似するが実は何もしない漂流型訴訟態様(以下「C類型」という。)を採る裁判官も残念ながら散見される。

  A類型を採る裁判官は,上記の主張対立一覧表化が争点整理だと思い込んでおり,これを終えると,争点整理は完了したとし,審理促進理念に追い立てられるかのように,集中証拠調べを標ぼうして,人証調べに入る。しかし,こうした経緯の人証調べは,争点が多岐にわたり絞り切れていない上に,時間が厳しく制限されている中では,勢い争点の総花的な尋問となるため,事案解明には遠い結果となり,当事者には消化不良の裁判となる傾向が強い。

  対して,B類型の裁判は,裁判官が当事者を巻き込んで積極的に事案解明に踏み込んだ審理を行うので,当事者との間に緊張感が漂い,ときに激しい議論が飛び交うこともあるが,目的が事案解明と明快であるため,公正であり,適正かつ迅速で充実した裁判となり,審理期間もA類型裁判より短く,当事者は裁判を受けたという実感を抱くことができ,紛争の抜本的解決を導くだけでなく,裁判を通じての法規範の創造の要請にも応えられる。

  では,民事裁判の現状はどうかというと,A類型でも実践されていれば上出来であり,実際にはA類型もどきの実はC類型に近い形態のものが一般的であり,何を審理し判断すべきかを把握するための争点整理が行われているとはいえない。





3 平均的な裁判官がA類型を争点整理と信じ込み,B類型など全く念頭にない民事裁判を営む背景には、迅速こそ裁判手続の最優先事項と考え,公正,適正,充実は従たる要因と扱う考えがあるのではなかろうか。しかし,裁判を受ける権利者である国民はそんな裁判を望んではいないであろう。

  このような民事裁判の現状は,多岐にわたる事情,すなわち,現行民事訴訟法で事実認定が高裁までの専権とされた結果,裁判官の事実に対する謙虚さが失われたこと,平成11年頃以来の司法制度改革により法曹養成が不十分なものとなった上,効率優先の民事裁判が優先されるようになったこと等の数多の負の遺産があること,さらには膨大な過払金返還請求訴訟が裁判官から虚心に事件に取り組む意欲を削いでしまったこと等が相互に影響し合って生じているものと思われる。





4 実際の民事裁判においては,争点整理は名ばかりで形骸化していることを否めず,この先も国民が求め続けるであろう公正,適正,迅速で充実した審理による民事裁判実現への道を見いだすのは困難であるように思う。

  しかし,責任は司法に関わる者だけにあるのではない。司法は,国の統治を支えるものであり,国の有り様に呼応して変容する宿命にある。そうであれば,日本の民事裁判の来し方行く末は,実は,衰退期に入っていたわが国の実情に呼応して変容してきていたのであり,この先なお公正,適正,迅速,充実審理に基づく民事裁判を求めるのであれば,国の有り様から考え直さなければ展望は開けないということになりそうである。