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2021/01/15 定期金賠償について(最高裁判所令和2年7月9日判決を中心として)

弁護士 60期 小 池 孝 史

1.はじめに



  交通事故等の人身損害賠償請求訴訟における損害の賠償方法については,損害が不法行為時に発生することを前提として,将来具体化する損害についても,法定利率による中間利息を控除して,不法行為時点の価格に換算し直して一括で支払うことが一般的(いわゆる一時金賠償の原則)と考えられていました。

  もっとも,将来具体化する損害である後遺障害による逸失利益や将来介護費については,時間の経過によって事情が変化する可能性があることから,これらの賠償方法としては,一時金賠償ではなく,履行期ごと(例えば,毎月ごと)に一定額が定期的に支払われる方法(いわゆる定期金賠償)の方が望ましいとの考え方が従来からありました。

  また,後遺障害による逸失利益や将来介護費の賠償方法として,一時金賠償を採る場合,法定利率による中間利息が控除される結果,その分,大幅に減額となる一方,定期金賠償を採る場合,中間利息が控除されないことから,いずれの賠償方法を採用するかによって,賠償総額が大きく変わることとなり,被害者側と加害者側との間で,従前,これらの賠償方法が争われておりました。

  このうち将来介護費については,従来より,定期金賠償の対象とすることを認める裁判例が複数ありました(東京高等裁判所平成25年3月14日判決・判例タイムズ1392号203頁,福岡地方裁判所平成25年7月4日判決・判例時報2229号41頁)。

  このような背景事情において,最高裁判所は,令和2年7月9日判決において,後遺障害による逸失利益についても,定期金賠償の対象とすることを認めました。




2.最高裁判所令和2年7月9日判決(以下「本判決」といいます。)の内容



(1)事案の概要


  事案としては,交通事故によって,脳挫傷,びまん性軸索損傷等の傷害を負い,高次脳機能障害の後遺障害(自賠法施行令別表第二第3級3号)が残存した被害者(事故発生時4歳。事実審口頭弁論終結時15歳)において,後遺障害による逸失利益(100%の労働能力喪失)の定期金賠償(就労可能時である18歳から67歳まで毎月得られるべき収入額を毎月支払うこと)及び将来介護費の定期金賠償(症状固定時から被害者死亡時まで,想定される毎月の介護費用相当額を毎月支払うこと)を求めたものです。

  第一審及び控訴審ともに,将来介護費のみならず,後遺障害による逸失利益についても,定期金賠償を認めたことから,加害者側において,後遺障害による逸失利益に定期金賠償を認めたことについて,法令の解釈適用に誤りがあることを理由として,上告受理の申立てを行いました。
  なお,将来介護費の定期金賠償については,上告審で審理の対象となっていません。


(2)判示内容


  本判決は,定期金による賠償を命じた確定判決について,口頭弁論終結後に著しい事情変更が生じた場合に,その確定判決の変更を求める訴えを提起することを認める民事訴訟法117条の趣旨や,不法行為に基づく損害賠償請求制度が,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることによって,被害者が被った不利益を填補して,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり,また,損害の公平な分担を図ることをその理念とするところであること等を理由として,「交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において,上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となるものと解される。」と判断しました。

  そして,本判決は,後遺障害による逸失利益について定期金賠償を認める場合の終期について,最高裁判所平成8年4月25日判決・民集50巻5号1221頁(交通事故の被害者が事故とは異なる原因で死亡した場合に,後遺障害による逸失利益を算定するに当たって,「特段の事情」がない限り死亡の事実を考慮しないと判示した判例です。)を引用したうえで,「上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たっては,交通事故の時点で,被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しないと解するのが相当である」と判断しました。

  つまり,事故発生時点で,重篤な疾病などによって被害者の死期が差し迫っていたような「特段の事情」がない限り,後遺障害による逸失利益を算定するに当たって,被害者が症状固定後に死亡したとしても,その死亡の事実を考慮せず,通常の就労可能期間(67歳まで)を定期金賠償の終期とするということとなります。




3.判例の検討



(1)このように,本判決は,後遺障害による逸失利益の定期金賠償を認めておりますが,第1項でご説明したとおり,後遺障害による逸失利益については,被害者の年齢や労働喪失率等如何によっては,定期金賠償又は一時金賠償のいずれを採用するかで,金額に大きな差が生じます。


  本判決の事案を例にすると,被害者の基礎収入を年額529万6800円,過失相殺で2割減額として月額35万3120円と計算し,平成32年9月から平成81年8月までの49年間,毎月35万3120円ずつの定期金賠償を認めていますので,後遺障害による逸失利益として賠償される総額は,約2億0763万円(≒35万3120円×12か月×49年)となります。

  一方,本判決の事案において,後遺障害による逸失利益が一時金賠償となった場合,中間利息(改正民法施行前の事故であるため,年5%の割合)が控除されますので(症状固定時15歳であるため,中間利息控除のための係数は,52年ライプニッツ係数?3年ライプニッツ係数=15.6949となります。),後遺障害による逸失利益として賠償される総額は,約6650万円に留まります(≒35万3120円×12か月×15.6949)。

  このように,本判決の事例で検討しても,後遺障害による逸失利益の賠償方法として,一時金賠償又は定期金賠償のいずれを採用するかによって,約1億4113万円と膨大な差が生じることとを確認することができます。


(2)そして,本判決は,後遺障害による逸失利益に定期金賠償が認められるか否かについて,被害者が定期金賠償を求めている場合において,不法行為に基づく損害賠償制度の「目的及び理念に照らして相当と認められるとき」に,定期金賠償の対象となることを認めていますが,この「相当」性の具体的な判断基準については,明らかにされていません。


  この点については,今後の事例の集積を待つこととなりますが,本判決において,定期金賠償を認めている事情として,被害者が「事故当時4歳の幼児」であること,「高次脳機能障害という本件後遺障害のため労働能力を全部喪失し」たこと,「逸失利益は将来の長期間にわたり逐次現実化する」ことなど,「被害者の年齢」,「後遺障害の内容」,「後遺障害の程度」(労働喪失率・想定される労働喪失期間)を考慮していることは,参考になるのではないかと考えます。

  私見ではありますが,少なくとも,後遺障害等級14級など,労働能力制限の程度が比較的軽度な後遺障害の事案や,100%あるいはそれに近い労働喪失率が認められる重度の後遺障害が残存したとしても,被害者の年齢が「高齢者」又は「高齢者に近い年齢」の事案などでは,後遺障害による逸失利益について,定期金賠償を否定する方向で判断するのではないかと推測しております。


(3)また,本判決は,後遺障害による逸失利益の定期金賠償の終期として,前述のとおり,被害者が症状固定後に死亡したとしても,その死亡の事実は考慮せず,通常の就労可能期間(67歳まで)を定期金賠償の終期とすることを認めておりますが,実際に,被害者が就労可能期間中に死亡した場合においても,加害者側は,被害者死亡後も,被害者相続人に対して,一時金賠償ではなく,定期金賠償を継続しなければならないかという問題が残ります。


  この点については,以下で述べる本判決についての小池裕裁判官の補足意見が参考になるかと考えます。

  「被害者の死亡によってその後の期間について後遺障害等の変動可能性がなくなったことは,損害額の算定の基礎に関わる事情に著しい変更が生じたものと解することができるから,支払義務者は,民訴法117条を適用又は類推適用して,上記死亡後に,就労可能期間の終期までの期間に係る定期金による賠償について,判決の変更を求める訴えの提起時における現在価値に引き直した一時金による賠償に変更する訴えを提起するという方法も検討に値するように思われ、この方法によって,継続的な定期金による賠償の支払義務の解消を図ることが可能ではないかと考える。」

  つまり,小池裕裁判官の補足意見は,加害者側において,民事訴訟法117条の変更判決制度を利用することによって,被害者死亡後に支払期が到来する定期金の支払いについて,法定利率による中間利息を控除して,判決の変更を求める訴え提起時の価格に換算し直すことを認めるというものであって,被害者死亡時から定期金賠償終期までの期間如何によっては,この制度の利用を試みても良いかもしれません。


(4)なお,本判決の事案は,交通事故ではありますが,判示された内容からすると,交通事故に限定されるものではなく,人身損害賠償請求訴訟全般に当てはまるものと考えられます。


  例えば,労働災害によって,重度後遺障害が残存した従業員が会社に対して,将来介護費のみならず,後遺障害による逸失利益についても,今後,本判決を基に,定期金賠償を求めてくる可能性も考えられます。


(5)また,本判決は,「後遺障害による」逸失利益について,不法行為の時から相当な時間が経過した後に逐次現実化する性質のものであることや,算定の基礎となった後遺障害の程度,賃金水準その他の事情に著しい変更が生じることなどの事情を考慮して,定期金賠償を認めたものであるため,「死亡による」逸失利益については,定期金賠償を認めた考慮要素が当てはまらず,私見ではありますが,従来通り一時金賠償によることになるものと考えられます。




4.今後の対応



  本判決は,後遺障害による逸失利益の賠償方法について,一定の場合に,従来の一時金賠償ではなく,定期金賠償を認めたものであって,今後の損害賠償実務に重大な影響を与えるものと考え,紹介させていただきました。

  被害者側の立場からすると,今後,残存した後遺障害の程度等によっては,後遺障害による逸失利益について,一時金賠償又は定期金賠償のいずれを求めるか,加害者側の支払能力等も考慮に入れて,検討することとなります。

  一方,加害者側(損害保険会社側)からすると,後遺障害による逸失利益について,被害者側から定期金賠償を求められた場合に,本判決の要件に照らして一時金賠償の方が適切である旨争うことが可能か否か検討するとともに,今後,定期金賠償の事案が増えることを想定し,定期的な賠償金の支払いや,被害者に対する定期的な状況確認に対応できる管理体制を整えておく必要があると考えます。