弁護士法人 小野総合法律事務所 ONO SOGO LEGAL PROFESSION CORPORATION

ブログBLOG

2020/01/15 改正民法と原状回復(主に事業用物件を対象に)

弁護士 62期 山 崎 悠 士

1 改正民法621条は,賃貸借契約終了時の賃借人の原状回復義務について新たに規定を設けました。少々長いですが,条文は次のとおりです。

(賃借人の原状回復義務)

第621条

  賃借人は,賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において,賃貸借が終了したときは,その損傷を原状に復する義務を負う。ただし,その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない。






2 以上のとおり,改正民法621条は,通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗(通常損耗)や経年変化が原状回復の対象にならないことを明らかにしています。これは,判例(最判平成17年12月16日)や,国交省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」,東京都の「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」等で示されていた指針の内容と同様の理解を前提とするものですが,以上と異なり,通常損耗も原状回復の対象とする特約を設けることはできるのでしょうか。

  この点について,上記最判平成17年は,通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているなど,その旨の特約が明確に合意されている場合には,通常損耗を原状回復の対象とする特約(通常損耗補修特約)も有効であると判示しております。以上の理解は,改正民法621条の下でも変更がないと理解されており,したがって,民法改正後も,一定の要件(最判平成17年のいうところの「明確な合意」があること)の下,通常損耗補修特約を設けることが可能です。






3 事業用物件の場合の通常損耗補修特約の有効性

  事業用物件の場合,居住用物件の賃貸借の場合と比べ,建物の使用方法が賃借人によって相当程度異なっており,その態様によって原状回復の費用が大きく異なり得ること,契約の当事者が双方事業者であること等から,通常損耗補修特約の有効性は比較的緩やかに判断される傾向にあります。

  実際の例では,「使用期間の如何を問わず,床,壁及び天井を全面貼替え及び塗装をし」の文言がある条項について,通常損耗補修特約としての有効性を認める裁判例(東京地判平成24年9月4日)がある一方で,「床,壁の張り替え,天井の塗り替え,空調機の点検設備等の通常使用による損耗を」原状回復の対象に含めるとの規定は「(賃借人が)通常損耗補修特約を認識し,これを合意の内容としたものということはできない」とし,有効性を否定した裁判例があるなど(東京地判平成23年5月13日),有効無効の判断はケースバイケースであるようですが,今般の民法改正によって判例法理が明文化された趣旨も踏まえると,今後は,事業用物件であっても,通常損耗補修特約の有効性は相当程度厳格に判断されると考えるべきであるように思われます。例えば,原状回復の基準が明記された原状回復要項などを添付する等,原状回復の内容に通常損耗等が含まれることが書面上明確にされていることが望ましいと考えられるところです(東京地判平成25年4月11日は,原状回復要項が添付されたケースについて,通常損耗補修特約の有効性を認めています。)。

  なお,上記最判平成17年の前には,「賃貸借契約時の原状に回復しなければならない」との規定について,新築のオフィスビルであったことも重視し,通常損耗も原状回復の内容に含まれるとした裁判例(東京高判平成12年12月27日)も存在しましたが,現在ではこのような緩やかな判断は期待できないと考えるのが妥当であるように思われます。






4 なお,以上は事業用物件に関する議論ですが,居住用物件の場合,消費者契約法との関わりもあり,通常損耗補修特約の有効性はより厳格に判断される傾向にあることに留意が必要です。