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2022/04/01 最近おもったこと

なんとなく匿名希望

 年明け以降のニュースを見ていると,色々と考えさせられることが多くあった。

1 まずは,ロシアによるウクライナ侵攻である。

 よほどの過激派組織でない以上,戦争を開始するにあたって「隣の国の領土が欲しいから侵略する」などと宣言する国家はいないわけで,「我が国の領土が不当に占領されている」とか「一定の地域が不当な弾圧を受けているのでこれを救済する」などのもっともらしい理由を掲げるものである。実際,世間的にはロシアがウクライナを不当に侵略していると評価されているが,ロシア側はウクライナ東部を弾圧から保護するという正当な理由があると主張しているようである。

 このような国際情勢を見ると,我が国の防衛体制はこのままでよいのだろうかと考えさせられる。わが国にも,北方領土,竹島及び尖閣諸島など,近隣国との領土問題が存在しているわけで,仮にこれらの相手方から,「我が国の領土を日本が不当に占領している。領土を守るためには武力行使しなければならない」などといって日本に侵攻してきたらどうするのだろうか。これについては,自衛隊の専守防衛に期待するとか,直ちに憲法第9条を改正して軍隊を持つべきであるとか,核を保有(又は同盟国とシェア)すべきであるとか,日米安保を理由にアメリカに守ってもらおうだとか,色々な考え方があるようだが,少なくとも日本が他国から攻め込まれることはありえないなどと悠長に言っていられる状況にはなくなってきたように思う。

2 来月,いよいよ成人年齢が引き下げられる(民法第4条)。

 もっとも,未成年者喫煙禁止法,未成年者飲酒禁止法は「満二十年ニ至ラサル者ハ酒類ヲ飲用スルコトヲ得ス(又は,「煙草ヲ喫スルコトヲ得ス」)」(かっこ書きは筆者)のまま改正される予定はなく,競馬法第28条は「未成年者は、勝馬投票券を購入し・・・てはならない」から「二十歳未満の者は、勝馬投票券を購入し・・・てはならない」と改正されるため,18,19歳の者が飲酒,喫煙,馬券購入ができるようになるわけではない。今回の改正のポイントは,18,19歳の者が単独で法律行為ができるようになることであって,この趣旨は,18,19歳の自己決定権を尊重するということのようである。逆にいえば「18,19歳の者は自分のことを自分で決められる能力を有している」という価値観が前提になっているのだろう(自分がこれらの年齢だったときのことを振り返ってみると,到底そうは思えないが…)。

 ところで,今回の成人年齢引き下げに伴い,超党派の議員らが,高校生が親に黙ってアダルトビデオに出演できてしまうことになり,出演強要被害が増加するおそれがあるとして,一定の議員立法を行うことを検討しているらしい。しかし,上記のような「18,19歳は自分のことを自分で決められる能力を有しており,それらの者の自己決定権は尊重されるべきである」という価値観を前提とするならば,出演するという選択自体は尊重されるべきであって,高校生が自らの判断で出演できてしまうことの是非と,出演の強制を防止することとは異なる事件の議論である気がする(もちろん,18,19歳であろうが,20歳以上の者であろうが,嫌がっている者に出演を強要すべきでないことは当然であるが)。

3 今月,夫婦別姓が認められていないことの合憲性が問題となった国家賠償請求訴訟で,最高裁判所裁判官の一部が,現在の婚姻制度が違憲であるとの意見を述べたようである。

このような意見を述べる裁判官自体はこれまでにもいたが,これについては,最高裁平成27年12月16日判決がいうとおり「この種の制度の在り方は,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄」であって,夫婦別姓を希望する者は,一次的には政治活動を通じて自己の主張を実現させるべきと思う。なお,個人的には賛否を決めかねているが,(この論点にかかわらず)最近のメディア等がよく使う「結論ありきのポジショントーク」だけは見ていて不快である。

 ところで,違憲論者の論拠は,婚姻により改姓を強制されることが憲法第24条第2項にいう「個人の尊厳」を害している,すなわち人格権を侵害しているということなのだろうが,そのような主張をするのであれば,氏名の変更に関する戸籍法第107条,第107条の2の規定の合憲性はどうなのか問うてみたい。すなわち,現行の戸籍法では,氏については「やむを得ない事由」が,名については「正当な事由」がなければ変更が認められないことになっており,単なる個人的趣味,感情,信仰上の希望等のみでは足りないと解されているところ(社会生活上の支障等が必要),婚姻にあたって氏の変更を強制されない自由をいうのであれば,出生時に付与された氏名を強制されない自由もあるということになり,一定の要件を満たさなければ変更を認めない戸籍法の規定も違憲といえるのではなかろうか。

 人生で最初のプレゼントともいえる親から与えられた氏名を「強制されたもの」と捉えること自体ひねくれた物の見方であるとは思うが,一つの議論の対象として理論的に検討してみると,一応の筋としては通りそうな気もしており,ここ最近ぼんやりと考えているところである。

4 長々と述べてしまったが,これらの議論は,いずれも憲法が共通のキーワードとなっている。

 憲法(実質的意味の憲法)とは,国民が国家権力の統治権に服することを承諾する代わりに,国家権力に対して国民の人権保障を遵守させるよう命じる法規範であって,憲法の価値の主眼は国家権力を規制することにある。にもかかわらず,何年か前に与党が公開した改正憲法草案を読んでみると,国民に対して義務を課す条項や,人権を制限する条項がやたら多く設けられており,同草案作成者は,実質的意味の憲法を理解していないか,理解しつつも,統治者に都合よく改正したいという思惑があるのだろうと邪推せざるを得なかった。

 改憲を直ちに否定するものではないが,実際に国民投票が行われるようになった場合には,よく中身をみて判断しなければならないと強く感じているところである。