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2022/06/01 <期限の利益の喪失>

代表社員 弁護士 近 藤   基

※小野総合通信 Vol.74(2022年冬号・2022年2月1日発行)より転載

1 「期限の利益の喪失」という用語は金融機関の融資契約書にはほぼ必ず出てくる言葉であり、これの理解は金融機関の職員にとっては基本的な知識である。また、融資を受ける者にとっても、その理解は必要かつ重要である。さらに、金融機関との融資取引以外でも、たとえばメーカーと製品の販売先との継続的な販売契約書に、当事者に一定の事由が発生した場合はその当事者は期限の利益を喪失するとの規定が置かれることも多く、企業の契約実務担当者にはおなじみの言葉であろう。

 しかし、ときどき、金融機関の職員であっても「期限の利益の喪失」の意味を正しく理解していない人が見うけられる。たとえば、①融資契約で定められた返済期限の到来後も債務者が債務を返済しない場合に、「債務者は期限の利益を喪失している」と言ったり、逆に、②本来の返済期限が経過しているのに、「まだ期限の利益の喪失通知を出していないから、債務者や保証人に対し督促するためには期限の利益の喪失通知を出す必要があるのではないか」と言ったりする人がいる。いずれも誤りである。

2 「期限の利益」とは
 法律行為に期限が付けられていることによって当事者が受ける利益を「期限の利益」という。債務者にとっての期限の利益とは、期限が到来するまでは債務を履行する必要がないこと(債権者側からいえば、債務の履行を権利としては請求できないこと)である。期限は、債務者の利益のために定めたものと推定される(民法136条1項)。「推定される」だから、そうでない場合もあり、期限が債権者の利益のために(も)定められている場合もある。たとえば、利息付き融資の場合は、債権者は返済期限までの利息を得ることができるから、債権者にも期限の利益がある。

 また、「利益」であるから原則として放棄が可能であり、債務者は期限の利益を放棄して繰上げ返済することが可能である(同条2項本文)。ただし、期限の利益の放棄によって相手方の利益を害することはできず(同項ただし書き)、原則として、債権者に対し期限までの利息相当額を賠償する必要がある(実務的には、固定金利融資やデリバティブ組込み融資等の場合を除いて、金融機関が期限までの利息相当額の賠償を求めないことも多いと思われる)。

3 「期限の利益の喪失」とは
 一定の事由が発生した場合に債務者が期限の利益を失うことを「期限の利益の喪失」(略して「期失」などということもある)という。民法137条は、債務者が期限の利益を喪失する場合として、債務者が破産手続開始決定を受けた場合等三つの場合を定めている。

 しかし、実際には同条が定める場合だけでは債権保全のためには不十分であるので、実務上、銀行取引約定書や融資契約書、取引基本契約書等で期限の利益の喪失事由を定める特約を置いている。そのような特約も契約自由の原則によって有効である。この期限の利益喪失特約は、通常、一定の事由が発生した場合に当然に期限の利益が失われるもの(当然喪失事由という)と、一定の事由が発生した場合において、債権者が期限の利益を喪失させる旨の意思表示(期限の利益の喪失通知と呼ばれる)を行ったときに初めて期限の利益が失われるもの(請求喪失事由という)とに分けて定められることが多い。後者の場合は、期限の利益を喪失させるか否かは債権者が任意に判断して決めることができる。

4 結論
 上記1で例示した場合について説明すると、①の融資契約で定められた返済期限が到来した後も債務者が債務を返済していない場合は、期限の到来によって期限の利益が存在しなくなっただけであり、債務者が期限の利益を「喪失した」わけではない。また、②の場合は、本来の返済期限が経過していればそもそも債務者は期限の利益を有していないから、督促するために期限の利益の喪失通知を出す必要はない(むしろ論理矛盾である)。債権者がこれまで督促を事実上差し控えていただけにすぎない。

 さらに、不法行為による損害賠償請求権や保証会社の保証履行による主債務者に対する求償権等は債権発生と同時に弁済期が到来し、元々債務者は期限の利益を有していないから、期限の利益の喪失の概念を入れる余地がない。