2018/07/16 民法改正について(賃貸借契約編)
弁護士 58期 松 村 寧 雄
1 賃貸借契約についての改正
今般の民法改正では,賃貸借契約に関する条項も手が入れられました。とはいえ,改正部分を確認すると,基本的にはこれまでの判例法理や解釈論などで当然の認識とされていた部分について,明文化したというものが多く,賃貸借契約に関しては,実質的に大幅な改正がなされたというものではありません。
実際に何がどのように改正されたのか,主なものについて,以下,詳述します。
2 賃貸借契約の存続期間の変更
改正前の民法604条における賃貸借契約の存続期間の上限は20年とされていましたが,改正により,50年に延長されました。
建物所有目的の土地賃貸借契約,建物の賃貸借契約であれば,借地借家法の適用があるので,この改正が影響することはありませんが,それ以外の賃貸借契約には影響してくる規定です。
3 賃貸人の地位移転に関する規定の明文化
賃貸不動産が譲渡された場合における譲渡人と譲受人及び賃借人の関係について,賃借人が対抗要件を備えている場合には,賃貸人の地位が自動的に移転すること(新605条の2第1項),これとは反対に,自動的に移転しない旨を合意することが出来ること(第2項),その場合には譲受人から譲渡人への賃貸の合意がなされることから,従前の賃借人は自らの意思に関わらず,転借人の立場に置かれるところ,譲渡人と譲受人との間における賃貸借が終了した場合には譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は譲受人に移転すること(第2項),賃貸不動産の譲渡に伴う賃貸人の地位の移転については当該不動産について所有権移転の登記をしなければ,賃借人に対抗することができないこと(第3項),費用の償還や敷金の返還債務についても賃貸人たる地位の移転とともに移転すること(第4項)が新たに規定されました。
また,賃借人が対抗力を備えていない場合であっても,不動産の賃貸人たる地位については,賃借人の承諾を要しないで譲渡人と譲受人の合意により,譲受人に移転させることができること(新605条の2)も新たに規定されました。
これらの規定については,判例法理により醸成されてきた理論を明文化したものですが,新605条の2第2項において,賃貸人の地位の移転を留保した場合に,譲渡人譲受人間における賃貸借契約が終了した後の賃借人との法律関係についてフォローされている点は,注目すべき改正点といえましょう。
4 賃借人による妨害停止の請求の明文化
対抗要件を備えた不動産賃貸借において,賃借人の不動産賃借権に基づく第三者に対する妨害排除請求権及び返還請求権が新たに明文化されました(新605条の4)。
従前より,判例でも認められていたとされるところですが,明文がなかったことから,賃借人が賃貸人に対する賃借物を使用収益させるよう請求できる権利を被保全権利として,賃貸人の所有者として有する所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使するなどして対応していたところを明文化することにより,権利として明確になりました。
もっとも,対抗要件を備えていない場合や妨害予防請求を行う場合については,従前同様に代位行使が必要となると思われます。
5 賃借物の一部滅失による賃料の減額・解除の改正
賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合に,それが賃借人の責に帰することができない事由によるものであるときは,賃料は,その使用及び収益することができなくなった部分の割合に応じて減額されるようになりました(新611条)。
これまでは,一部が滅失した場合のみと規定されていたものを使用及び収益をすることができなくなったとして事由の幅を広げ,賃料の減額について賃借人の請求を必要とせず,当然に減額されると規定した点に注目する必要があります。使用収益できない場合には当然に減額されてしまうので,今後は,使用収益できなくなった部分の割合をどのように算定するのか,支払い済みの賃料の返還請求などの問題が生ずると思われます。
6 賃借人の原状回復義務の範囲の明文化
賃借人が,賃借物を受け取った後に生じた損傷を原状回復する義務について,賃貸借契約において明文化し,さらに損傷について,通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年劣化を除くものと規定し,原状回復義務の範囲を新たに定めました(新621条)。
これも,確固たる判例法理として当然のこととされていたものを明文化したものです。法令上の明確な根拠ができたことから,それに沿った対応が求められます。
7 敷金に関する規定の明文化
さらには,明文にない取引上の慣習であった,敷金について,いかなる名目によるかを問わず,賃料債務その他の賃借権に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に交付する金銭をいうとして定義づけがされ,賃貸人の敷金の返還義務が定められた上に,返還時期を賃借物の明渡時か賃借権の譲渡時と規定し(新622条の2第1項),敷金の充当については賃貸人のみが可能であって,賃借人にはその権利がないことが明確にされました。
この規定は,これまでの慣習や判例法理を明文化したものであり,これに沿った処理がなされていたところですが,条文としてよりわかりやすくなったものです。