2018/05/15 民法総則についての改正
代表社員 弁護士 近 藤 基
1.民法総則の改正
今回の民法改正は一般に債権法の改正と呼ばれていますが、改正されたのは民法典の第三編債権だけでなく、第一編総則についても複数の重要な改正が行われています。そのうち実務面に最も重大な影響を及ぼすであろうと思われるものが別稿で横田弁護士が論じている時効に関する改正ですが、それ以外の総則に関する主な改正を紹介します。
2.意思能力を有しない者の法律行為が無効であることを明記
(1)改正民法3条の2は、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効であると規定しています。現行民法下でも意思能力を有しない者の法律行為は無効であると解されているのですが、現行民法は、そのことは当然であるとして明文の規定は置いていませんでした。改正民法は現行民法下での確定した解釈を明文で規定したものであり、今回の改正によっても実質的な変更はありません。
ただし、改正民法でも、意思能力の具体的な意味を定めた定義規定は置かれていません。これについては、自己の行う行為の法的な意味―そのような行為をすればどうなるのか―を理解する能力などと説明するのが一般的であり、7歳ないし10歳程度の知的判断能力が一応の目安とされています。
(2)また、現行民法には明文の規定はありませんが、意思表示が到達したといえるためには意思表示の受領者が意思能力を有している必要があると解されています。この点、改正民法98条の2本文は、意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗できないと明文で規定しました。「意思表示をもって対抗できない」とは、意思表示が到達したことひいてはその意思表示の到達によって発生するはずの法律効果(契約の解除、期限の利益の喪失、相殺等)を相手方に主張できないという意味です。ただし、相手方の法定代理人または意思能力を回復した相手方本人が意思表示を知った後は、意思表示を対抗できます(改正民法98条の2ただし書き)。
したがって、たとえば、重度の認知症等によって意思能力を有していない者に対し期限の利益の喪失通知を送付しても、理論上は期限の利益は喪失されません。厳密さを求めるのであれば、成年後見人の選任を得たうえで成年後見人に対し期限の利益の喪失通知を送付する必要があります(なお、このことは現行民法下でも同じですが、改正民法によって明文で明確になりました)。ただし、意思表示を受領させるためだけに成年後見人の選任を求めることは現実的ではなく、実務的には悩ましいところです。
3.要素の錯誤は無効原因ではなく取消原因に
(1)現行民法では、法律行為の要素に錯誤がある意思表示は無効とされていますが、改正民法では、要素の錯誤による意思表示は無効ではなく取り消すことができることに変更されました(改正民法95条1項)。無効な行為は初めから効力を生じないのとは異なり、取り消しうる行為は取り消されるまでは一応有効であり、取消によって初めから無効であったものとみなされます(この点は今回の改正によっても変更はありません)。したがって、改正民法の下では、契約の相手方に要素の錯誤がある(と判断される)場合でも、相手方から契約を取り消されるまでは、契約は有効であるとして取り扱えばよいことになります。
(2)要素の錯誤が無効原因から取消原因へと変更されたことによって生じる重要な違いは、無効の主張は期間制限がなく、理論上はいつまでも主張が可能であるのに対し、取消権は、追認ができる時から5年、行為の時から20年が経過したときは時効によって消滅する点です。錯誤の場合、「追認ができる時」とは、錯誤によって意思表示を行った本人またはその代理人が錯誤に気が付いた時です。現行民法下では、10年以上も前の契約について錯誤による無効が主張される事例も珍しくありませんでしたが、改正民法下では、締結時点から何年も経過した契約の錯誤による取消が主張されることはまれになると予想されます。