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2022/10/08 生つくね

薩摩隼人

江戸政が閉店したらしい。

東京は東日本橋、隅田川沿いに店を構える江戸政は、1924年(大正13年)に創業された焼鳥屋だ。

串3本、ピーマン肉詰め、つくねのコースが自動的に提供され、物足りなければ1回だけ追加注文することができる。

飲み物は、瓶ビール、ウイスキー水割り、熱燗、烏龍茶という具合で、適宜注文してその代金を支払う。

この店の定番メニューはなんと言っても、つくね。

しかし、ただのつくねではない。

「生つくね」だ(なお、「焼き」で注文することもでき、その場合はよく焼きや半生など焼き具合を指定できる)。

ゴルフボールくらいのピンク色の肉塊がふたつ、秘伝の醤油だれと共に提供される。

ひとつまみ食べた瞬間、鶏肉とはこんなにも甘いものなのかと、自然と笑みがこぼれてしまう。

とまあ、閉店してしまった店を紹介してもしょうがないのだが、とにかく私の大好きな店であり、閉店の報に触れた時、混乱と悲しみとで、しばらく身動きが取れなかった。

閉店の経緯をざっくり説明すると、Twitterのグルメアカウントが江戸政を取り上げたところ、生つくねが食品衛生上望ましくないと炎上してしまい、それを受けて大将が騒動の発端への責任をとるべく閉店を決断したものである。

食品衛生法11条1項によると、「食品衛生上の危害の発生を防止するために特に重要な工程を管理するための措置が講じられていることが必要な」食品や添加物は、厚生労働省令で加工基準等が定められることになっている。

そして、厚生労働省令では、牛肉と馬肉は一定の基準のもと加工されたものであれば生食を可能とする一方、牛レバーや豚肉、豚レバーの生食は一切禁じられている。

ところが、鶏肉は、保健所が加熱するよう指導してきただけで、生食の法規制はされてこなかったようだ(なお、鹿児島県と宮崎県では、条例等で厳格な衛生基準を定めることにより、「鳥刺し」の食文化を維持している。)。

しかしながら、一部の地域を除き、鶏肉の生食はグレーではあるものの、食中毒のリスクが高いことを知りながらそのような食品を提供し、客に食中毒を発症させてしまうと、飲食店は営業停止処分を受けうるし、最悪の場合、その経営者は業務上過失致死傷罪に問われかねない。

生つくねファンの立場を離れてみると、生食のリスクは客の自己責任では片付けられないところがあると思う次第であった。

とはいえ、つくねの生での提供だけをやめて、他のメニューは従来の内容のまま営業を継続する判断もあったのではないかと残念に思ったが、店の伝統や看板メニューに対するプライドを考えると、閉店は江戸政らしい決断だったのかもしれない。

生つくねは、何度食べに行っても毎回感動するほど美味しかったし、江戸政の場末の酒場の雰囲気は、客たちの語らいにいつも花を咲かせていた。

江戸政閉店の報は、これまで何度も通った思い出たちを私の頭に巡り巡らせたが、一方で、食の安全について冷静に考えるきっかけをも与えてくれたのであった。

それにしても、また食べたいなあ生つくね……。