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2017/06/16 自動運転車による事故について

弁護士 60期 小 池 孝 史

1.はじめに



  自動車の自動運転技術は,実用化に向けて日々開発が進んでいる状況であるところ,平成28年6月,一般社団法人日本損害保険協会は,自動運転車による事故の損害賠償責任に関する研究・検討内容を整理した「自動運転の法的課題について」と題する報告書(以下「本報告書」といいます。)を公表しました。

  本稿では,本報告書の概要を簡単に紹介しつつ,若干の私見を述べたいと思います。





2.自動運転のレベル



  本報告書では,自動運転について,次のとおりに分類しております。

 ・ レベル1:加速・操舵・制御のいずれかの操作をシステムが行う。

 ・ レベル2:加速・操舵・制御のうち複数の操作を一度にシステムが行う(自動運転中であっても,運転責任はドライバーにある。)。

 ・ レベル3:加速・操舵・制御を全てシステムが行い,システムが要請したときのみドライバーが対応する(自動運転中の運転責任はシステムにあるが,ドライバーはいつでも運転に介入することができ,ドライバーが介入したときは手動運転に切り替わる。)。

   ・ レベル4:加速・操舵・制御を全てシステムが行い,ドライバーが全く関与しない(無人運転を含む。)。





3.自動運転と損害賠償責任の考え方



(1)日本の損害賠償制度では,損害の発生につき,加害者に故意・過失がある場合に限り加害者が損害賠償責任を負うとの過失責任主義を採りつつ(民法第709条),自動車の対人事故に関しては,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」といいます。)により,これを修正し,「自己のために自動車を運行の用に供する者」(以下「運行供用者」といいます。)は,厳格な3つの免責要件を全て立証しない限り,被害者の人身損害について,損害賠償責任を免れることができないものとされております(自賠法第3条の運行供用者責任)。

(2)本報告書では,現行法の上記内容を踏まえ,自動運転と損害賠償責任について,自動運転の各レベルごとに次のとおり整理しております。

ア  レベル2の場合,運転責任はドライバーにあるので,対人事故・対物事故ともに現行法の考え方を適用することに問題はないとしております。

イ  レベル3の場合,自動運転中の運転責任は,システムにあるものの,自動運転中であっても,ドライバーは,いつでも運転操作に介入できるため,自賠法上の運行供用者に該当し得るとして,レベル3の対人事故について,運行供用者責任を適用することに問題はないとしております。また,対物事故についても,現行法の過失責任主義を適用することに問題はないとしております。

ウ  レベル4の場合,ドライバーという概念が存在しなくなるため,自動車に関する法令等を抜本的に見直したうえで議論する必要があるとしました。





4.今後の課題



  本報告書では,自動運転車の事故に関する法的課題について,次のとおり整理しております。

(1)事故原因の分析について

  自動運転の普及により,システムの欠陥・故障を原因とする事故など,従来にはない類型の事故が発生することが懸念され,このような新しい類型の事故における責任の主体や過失割合を明確化するための分析体制を構築するための検討が必要であるとしております。

(2)製造物責任について

  自賠法によると,対人事故については,自動車に欠陥があったことが明らかとなった場合でも,運行供用者は,免責されず,被害者に対し,損害賠償責任を負うこととなっており,この点を課題として挙げております。

(3)サイバーリスクについて

  自動運転中にサイバー攻撃により事故が発生した場合の損害賠償責任が問題となるとしております。

(4)保有者・ドライバーの補償について

  自動運転中に保有者やドライバーが怪我をした場合に,現行法では,保有者やドライバーは,運行供用者責任に基づく損害賠償請求の請求権者に含まれないため,救済の範囲を改めて検討する必要があるとしております。

(5)過失割合の複雑化について

  事故当事者間の過失のほかに,システムの欠陥等が事故発生の原因となった場合,過失割合の決定が困難になるとしております。





5.私見



  本報告書では,レベル3について,対物事故であっても,過失責任主義を適用することに問題はないとしておりますが,例えば,システムの誤作動やハッキングにより,自動運転中の自動車が想定外の進行をし,対物事故を発生させたという事案では,ドライバーに過失があるとはいえず,現行法では,対物事故の被害者救済を十分に図ることができないことが危惧されます。

  また,本報告書では,レベル3について,対人事故の場合は,運行供用者責任を適用することができるとしておりますが,例えば,システムのハッキングにより,自動運転中の自動車が想定外の進行をし,当該ハッキングの影響により,ドライバーが自動運転から手動運転に切り替えることができず,対人事故を発生させたものであり,且つ,当該ハッキングは,当時の技術水準上防ぐことが不可能なものであったという事案の場合,ドライバーや所有者は,自賠法上の免責要件に該当し,運行供用者責任を負わないことから,人身事故の被害者救済を図ることができないようにも思われます。

  このように個別具体的な事例を検討すると,本報告書の考え方を貫徹することができるか疑問の余地が生ずる事案もあり,特に,自動運転の対物事故の場合,被害者が加害者の故意・過失を主張立証しなければならないため,被害者救済を十分に図ることができないケースが生じることが懸念されます。自動運転車の交通事故に関する損害賠償請求については,本報告書で検討された課題に対処しつつ,引き続き議論を深化させる必要があると考えております。