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2021/03/15 配偶者居住権・配偶者短期居住権の新設

弁護士 61期 小町谷 悠介

1 相続法の改正について


  民法(以下「法」といいます。)は、全部で1000以上もの条文からなる極めて重要な法律の一つであり、我々が市民生活を営むにあたっての基本的なルールを定めています。その882条以下では、人が亡くなったときの相続に関するルールが定められており、これらの法の規定と関係法令を総称して「相続法」と呼ぶことがあります(したがって、「相続法」という名称の法律があるわけではありません。)。

  この相続法については、1980年の改正以後、大幅な改正がされておらず、必ずしも現代社会のニーズを満たさない点がありました。そこで、2018年7月6日に相続法の大幅な改正がされ、現代社会のニーズに即した形でいくつかの新たな権利や制度が規定されることとなり、2019年1月13日以降、段階的に施行されています。

  本稿では、上記の新たに創設された規定のうち2020年4月1日より施行された「配偶者居住権」「配偶者短期居住権」を紹介いたします。





2 配偶者居住権(法1028条?1036条)


  AとBという名の夫婦がいたとします。AとBとの間には子のCがいましたが、既に社会人で独立しており、AとBは、Aが所有する建物(その敷地もAが所有しており、以下「建物」とはその敷地を含むものとします。)に二人で居住していました。そうしたところ、Aが亡くなり、BとCは、Aの遺産を法定相続分にしたがって2分の1ずつ分割することにしました。Aの遺産は、建物の他に3000万円の預金があり、建物の時価も3000万円です。Bは引き続き現在の建物に居住することを希望していますが、Bが時価3000万円の建物の所有権を相続すると、3000万円の預金は全てCが相続することとなるため、Bは現金を手にすることができなくなってしまい、今後の生活に大いに不安を抱えることになります(もっとも、実際の社会では、Cが私財を投じて親であるBの面倒を見てくれることになるとは思いますが、本稿では、あくまでBとCそれぞれが独立して自身固有の財産のみで生活していくことを前提とします。)。

  そこで、BとCとの遺産分割協議においては、Bに建物の所有権を相続させる代わりに「配偶者居住権」を与えることとすれば、Bは引き続き建物に居住することができるとともに、Aの預金の一部も取得できることになります。具体的には、配偶者居住権の価格が1500万円と評価されるとしたら、BとCの相続財産は次のようになり、両者共に3000万円ずつ(Aの遺産を2分の1ずつ)取得したことになります。
B:配偶者居住権1500万円+預金1500万円
C:配偶者居住権の負担付の建物の所有権1500万円(建物の時価から配偶者居住権の価格を控除した額)+預金1500万円

  このように、配偶者居住権は、BC間の遺産分割協議によって取得しうるだけではなく(法1028条1項1号)、Aが遺言によってBに与える(遺贈する)こともできますし(同条同項2号)、一定の場合には、裁判所が審判によってこれをBに与えることもできます(法1029条)。また、配偶者居住権は、原則Bが亡くなるまで存続するものとされ(ただし、遺産分割協議、遺言又は家庭裁判所の審判により別段の定めをすることが可能です。法1030条)、Bは無償で建物を使用及び収益することができますが、Bはこの配偶者居住権を他者に譲渡することはできませんし(法1032条2項)、所有者であるCの承諾を得なければ建物の増改築や第三者への賃貸をすることはできません(同条3項)。なお、Cは、Bに対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負い、これにより登記が完了すれば、Bはその配偶者居住権を第三者へ対抗することもできます(法1031条)。





3 配偶者短期居住権(法1037条?1041条)



  今回の相続法改正では、配偶者居住権に類似の権利として、「配偶者短期居住権」が併せて規定されました。これを上記のABCの設例の前提事実を多少変更して説明すると次のようになります。

  Aは生前、自身の所有する建物に、配偶者のB、子のC、そしてCの配偶者及び子ども達(ABの孫達)と同居していました。そうしたところ、Aが亡くなり、BC間の遺産分割の結果、Cが建物の所有権を取得して引き続き家族と居住することとなり、Bは3000万円の預金を取得して老人ホームに入居することになりました。この場合、Bは、建物についての配偶者短期居住権を取得し、「Cが遺産分割により建物の所有権を取得した日」又は「Aが亡くなった日から6か月を経過する日」のいずれか遅い日までは引き続き無償で建物に居住し続けることができます(法1037条1項1号)。また、Aが遺言によって建物をCに相続させることとしていた場合には、CはいつでもAに対して配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることできますが(法1037条3項)、この申入れから6か月間はBの配偶者短期居住権は消滅せず、この間、Bは引き続き建物に居住することが可能です(法1037条1項2号)。したがって、いずれの場合であっても、配偶者短期居住権により、Bは少なくともAが亡くなってから6か月間は引き続き建物に居住することができ、その間に老人ホームへ転居する準備ができます。なお、配偶者短期居住権と配偶者居住権は両立せず、Bが相続開始時に配偶者居住権を取得する場合には、配偶者短期居住権は初めから発生せず(法1037条1項ただし書き)また、相続開始後に配偶者居住権を取得した場合には、一旦発生した配偶者短期居住権は消滅するものとされています(法1039条)。

  このように、配偶者短期居住権は、配偶者居住権と異なり、遺産分割協議や遺言等によって定めずとも、一定の要件を満たせば当然に発生する権利ですが、建物を収益に供することはできませんし、登記をして第三者に対抗することもできません。