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2022/08/16 <前払式支払手段>

弁護士 63期 横山裕一

※小野総合通信 Vol.75(2022年春号・2022年5月1日発行)より転載

 近年,キャッシュレス決済が普及し,現金を用いずに決済することも多くなりました。「Suica」や「PASMO」などの交通系ICカードや,「LINEpay」や「PayPay」などのスマートフォンを用いた決済を利用している方も多いのではないでしょうか。

 これらは,一見現金と同じように利用されていますが,法的には,資金決済に関する法律(以下「資金決済法」又は「法」といいます)に基づき発行される「前払式支払手段」と呼ばれるものですので,これについて簡単に解説したいと思います。

1.前払式支払手段とは

 そもそも「前払式支払手段」という名称自体聞き慣れない言葉ですが,次の3つの要件を全て満たしたものがこれに該当します(法第3条第1項)。

 ①価値保存性…金額・商品・サービス等の財産的価値が,証票や電子機器等に記載・記録されていること

 ②対価性…上記①で記載・記載された金額・商品・サービス等に応ずる対価が支払われて発行されるものであること

 ③権利行使性…商品・サービス等の提供を受けるときに、対価として利用できること

2.具体例

 前払式支払手段の代表例が,冒頭に挙げた「Suica」や「PASMO」のチャージ残高です。利用者は,発行者に金員を支払うことによって(②),ICカードに残高としてチャージし(①),当該残高を用いて鉄道に乗車したり,提携する店舗で買い物をしたりすることができます(③)。

 このほか,ICカードやスマートフォンを用いたものではありませんが,商品券(図書券・ビール券等)や,結婚式や出産の際に送られるカタログギフト券も前払式支払手段に該当します。これらも,予め代金を支払うことで(②),一定の価額や商品が表示された券(商品券又はカタログギフト券)が発行され(①),これらの保持者は,券を提示することによって商品を取得できます(③)。また,オンラインゲーム内で購入される,ゲーム内のアイテムと交換可能なポイントなども,前払式支払手段に該当します(券は発行されませんが,ゲーム運営会社のサーバー上にポイント残高が記録されます)。

 他方,対価性のないものは前払式支払手段に該当しません。例えば,コンビニエンスストアなどで「100円の買い物につき1ポイント付与され,1ポイント1円相当として利用可能」とうたわれたポイントが発行されることがありますが,これは原因となる売買(ここでいう100円の買い物)の「おまけ」として付与されるに過ぎず,対価を支払ってポイントを購入しているわけではないため,前払式支払手段には該当しないと解されています。

 このほか,法律によってそれ自体に価値が認められているもの(例えば,現金,郵便切手,収入印紙など)についても,対価性がないとして前払式支払手段には該当しません。

3.発行者の義務

 前払式支払手段の発行者は,自己が発行する前払式支払手段の種類(発行者に対してのみ利用できる「自家型前払式支払手段」か,発行者の指定したものに対しても利用できる「第三者型前払式支払手段」か)に応じて,届出又は登録が必要になります(法第5,7条)。また,発行した前払式支払手段の未使用残高によっては,一定の保証金の供託が義務づけられることがあります(同法第14条第1項)。このほか,発行業務に係る情報の漏えい等の防止のために必要な措置を講じる義務を負います(法第21条)。

4.適用除外

 ただし,前払式支払手段の全てが上記のような規制を受けるわけではありません。前払式支払手段であっても,㋐乗車券、入場券その他これらに準ずるもの,㋑発行の日から6か月以内に限り使用できるものなどについては,資金決済法の適用除外となっています(法第4条各号)。

 ㋐の「これらに準ずるもの」とは,例えば,食堂の食券などが挙げられます。発行者の事務処理上の都合で発行されるものであり,与信の意味合いも低いことから,適用除外となったものです。

 ㋑についてですが,有効期間が短期であるものについては,早期に使い切ってしまうため比較的利用者のリスクが小さいと考えられることから,利用者保護と利便性のバランスに鑑みて適用除外とされたものです。よって,資金決済法の規制を免れたい発行者は,自己の発行する前払式支払手段の有効期限を6か月以内に設定することになります。

5.おわりに

 本稿では前払式支払手段の内容について述べましたが,一部の前払式支払手段(「LINEpay」や「PayPay」など)は,店舗での決済のほか,個人間での送金も可能です。ただし,そのようなサービスを提供する場合は,前払式支払手段の発行者としての届出又は登録のほか,為替取引を行うものとして別途資金移動業の登録が必要になります(法第37条)。