2022/08/16 <団体交渉について(その2)>
弁護士 52期 佐野正樹
※小野総合通信 Vol.75(2022年春号・2022年5月1日発行)より転載
1 はじめに
以前にお送りした「小野総合通信」(Vol.60,2018年夏号)で、「団体交渉について」と題した記事を執筆いたしました。
その際には、団体交渉の定義、団体交渉を要求された場合の会社の対応および団体交渉時の会社としての留意事項につきその概要を述べましたが、本稿では、労働組合から会社に対して団体交渉の申入れがあった場合に、実際にどのような内容を交渉、協議するのかにつき述べたいと思います。
2 団体交渉の対象となる交渉事項の内容
団体交渉においては、会社が判断・決定・変更することが可能な事項であって会社が交渉に応じる限りにおいては、どのような事項であっても交渉の対象となり得ますが、団体交渉の対象となる交渉事項は、大きく、
(1) 労働組合法上、会社が団体交渉を行うことが義務付けられている(団体交渉の申入れがあった場合に会社が団体交渉を拒否することができない)「義務的団体交渉事項」と、
(2) それ以外の団体交渉に応じるか否かを会社が判断できる「任意的団体交渉事項」
の2つに分けることができます。
3 義務的団体交渉事項
(1) 義務的団体交渉事項は、上記2で述べたとおり、組合員である労働者の労働条件その他の待遇または(団体的)労使関係の運営に関する事項であって、会社が判断・決定・変更することができるものをいいます。
具体的には、
ア 労働者の報酬(賃金、一時金、退職金など)
イ 労働時間
ウ 休息(休憩、休日、休暇)
エ 職場の安全衛生に関する事項
オ 労働災害の補償に関する事項
カ 労働者の教育訓練に関する事項
キ 配置転換、懲戒、解雇などの人事の基準や手続に関する事項
ク 人事考課の基準や手続に関する事項
ケ 業績賞与など評価に大きく依存する賃金、人事制度における評価の基準や枠組みに関する事項
コ 団体交渉や争議行為の際の手続やルールに関する事項
などがこれに該当することになります。
この点、会社の業務命令権、人事権、経営権などに関する事項であったとしても、それが労働者の労働条件や地位向上等に関係しないことが明らかでないものである場合には、義務的交渉事項に該当する蓋然性が高いと考えられますので、注意が必要です。
(2) この義務的団体交渉事項については、会社が、正当な理由なく、これを議題とする団体交渉に応じなかった場合には、不当労働行為として違法になりますので、必ず団体交渉に応じる必要があります。
なお、この場合に団体交渉を拒否できる「正当な理由」の例に関しては、冒頭引用した「小野総合通信」の2018年夏号の拙稿に記載したとおりではありますが、改めて述べておきますと、そもそも申入れのあった交渉事項が義務的団体交渉事項に該当しないものである場合のほか、
ア 労働組合法上の労働組合の要件を満たさない組織からの団体交渉の申入れである場合
イ 会社が交渉事項に係る労働者の雇用主でない場合
ウ 労働組合側の交渉担当者に交渉権限がない場合
エ 団体交渉を行ううえで不適当な日時や場所を指定された場合
オ 不当に長時間の団体交渉を強要された場合
カ 労働組合側の交渉担当者の人数が多過ぎる場合
キ 団体交渉の席上、労働組合側の交渉担当者が会社に対する暴言を続けるなど、正常な話し合いをすることが期待できない場合
ク 団体交渉が頻繁に開催され、会社の業務が停滞するような場合
ケ 他の労働者のプライバシー等の正当な権利を侵害することになる場合
などがこれに当て嵌まります。
ただし、会社が団体交渉を拒否できる正当な理由がある場合でも、その正当な理由につき適切な説明を行わなかった場合には、団体交渉の誠実交渉義務に違反するものとして、やはり不当労働行為に該当し違法になりますので、正当な理由をもって団体交渉を拒否する場合には、その理由につきしっかりと説明する必要があります。
4 任意的団体交渉事項
(1) 任意的団体交渉事項は、上記2で述べたとおり、義務的団体交渉事項以外の団体交渉に応じるか否かを会社が判断できる事項であり、会社としては、団体交渉に応じても構いませんし、団体交渉を拒否しても構わない事項になります。
(2) ただし、任意的団体交渉事項であっても、会社が一旦交渉に応じると、その後は、これについても、義務的団体交渉事項同様の誠実交渉義務が発生し、安易に団体交渉の対象から外すことができなくなります。したがって、そもそも会社が判断・決定・変更することができない事項はもちろん、それ以外であっても、任意的団体交渉事項を団体交渉の対象とするか否かについては、慎重な検討、判断をする必要があります。